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. はじめに
SHM会計原則とは、1938年にサンダース・ハットフィールド・ムーアによる共同研究の成果である「SHM会計原則(A
Statement of Accounting Principles, By T.H.Sanders , H.R.Hatfield and U.
Moore)」のことを指す。SHM会計原則は、1935年にハスキンズ・アンド・セルズ財団の依頼を受けて、サンダース委員長に(1)書面・聞き取り調査、(2)会計文献の検討、(3)各州の会計規定及び判例、(4)現行の会計報告書・監査報告書の実態調査の四つの方向から調査研究をしてこれをまとめあげたものである。そして、この目的は「貸借対照表および損益計算書とそれらが作成される諸勘定に、何が明らかにされなければならないのかを指示する会計原則および会計ルールを確立するよう検討」(注1)したものであり、1930年代のアメリカにおいて多数形成された会計基準の一つである。
1930年代に形成された会計基準は大きく分けると、会計基準とは本質的に「経験の蒸留」であるとの認識のもとにケース・バイ・ケース主義(注2)によって形成されたものと、当初から包括的かつ体系的アプローチを採用し(注3)、少なくとも理論から会計基準を導くというアプローチを採用するものとの二つの類型に分類できると考えられる。
SHM会計原則は、当時の会計実務慣行を聞き取り調査、実態調査した結果から作成されたものであり、少なくともその会計基準は、当時の企業会計の実務慣行を基礎としていると言える。しかしながら、当時の企業会計の実務慣行を基礎としていることをもって、SHM会計原則を「経験の蒸留」としての会計基準であると位置づけることができるのかどうかについては一考の余地があると考えられる。本稿では「経験の蒸留」の意義を明らかにした上で、SHM会計原則の内容と特徴を検討し、これが「経験の蒸留」としての会計基準であると位置づけることが可能であるのかどうかについて考察していきたい。
. 「経験の蒸留」としての会計基準の意義について
まず、「経験の蒸留」の意義を考えてみたい。「経験」とは、企業会計の実務慣習を指すと思われ、「蒸留」とはその企業会計の実務の中に慣習として発達してきたものの中から公正妥当と思われるものを選択することであると考えられる。従って、「経験の蒸留」とは少なくとも企業会計の実際の実務に存在する会計処理の原則、手続、又は表示の方法であることが前提であり、かつ実務慣習の中に一般に優れていると認められたものであることを意味していると考えられる。
言い換えれば、「経験の蒸留」の意義は、一つの会計事象に対し、一定の合理性を有する会計基準を選択することを単に示唆しているだけであり、一定の合理性を有する会計処理を選び出し、将来の会計実務に方向性を与えようとする意図の元で、これを首尾一貫した体系として編成することは「経験の蒸留」の意味するところではないと解する。なぜならば「経験の蒸留」が企業実務の中に実務慣習として発達した会計基準を意味するならば、それは個別的・実際的な会計処理の集合を指すのであって、意図的に将来の企業会計に影響を与えようとの特定の意図のもとで首尾一貫した体系に編成されることは、もはや「経験の蒸留」と呼ぶことができないと解されるからである。
このように「経験の蒸留」としての会計基準とは、会計実務の中から一定の合理性を有するものとして断片的に選択されたものを意味するものであって、経済事象自体の多様性から考えると、この集合体が首尾一貫した体系であることはあり得ず、従って、これら選択された会計処理を首尾一貫した体系にしたものは「経験の蒸留」としての会計基準の範疇には当てはまらないと解する。
。. 1930年代における会計基準の類型
1929年10月24日、ニューヨーク株式市場の暴落から始まった世界大恐慌に対応するために、1933年の有価証券法、1934年の証券取引所法、および証券取引委員会(SEC)が設置され、財務報告の公開に関して規制が求められることになった。これら一連の動きが、財務諸表の標準化及びその統一化のための会計原則設定運動の展開の端緒となったと言える。
まず、企業会計の標準化・統一化の動きとして、ニューヨーク証券取引所とアメリカ会計士協会(AIA)との間に特別合同委員会が設置され、その意見交換において、監査報告書における「認められた会計原則(accepted
principles of accounting)」概念が登場し、「AIA会計5原則」が提示された。以降、1930年代におけるアメリカ会計士協会(AICPA)を中心的な設定主体とした会計基準は、個別的・実際的な実務指針の提供としての性格を強く持つことになる。(注4)
これに対し、アメリカ会計学大学教員学会(AAA)は、当初から包括的かつ体系的アプローチを採用し、会計実務を支える体系的なフレームワークを構築することを目的としていた。(注5)1930年代における代表的な成果は、1936年6月「株式会社財務報告書に関する会計原則試案(A
Tentative Statement of Accounting Principles Affecting Corporate Reports)」であり、ペイトンによる1939年「会社会計基準序説(An
Introduction to Corporate Accounting Standards, By W.A.Paton and A.C.Littleton)」などのモノグラフであった。
1930年代におけるアメリカ会計士協会(AICPA)とアメリカ会計学大学教員学会(AAA)による会計基準設定のアプローチは、前者が会計基準とは本質的にコモン・ローのように「経験の蒸留」であるとの認識のもとにケース・バイ・ケース主義または場当たり主義(注6)的に形成したものであり、優良な会計実務のみを断片的に選択するアプローチであったのに対し、後者は当初から包括的かつ体系的アプローチを採用し(注7)、少なくとも理論から会計基準を導くというアプローチを採用したものであった。すなわち、前者は、企業会計の実際の実務慣習に存在する会計処理の原則、手続、又は表示の方法であって、かつ実務慣習の中に一般に優れていると認められたものであるという点で「経験の蒸留」であるのに対し、後者は会計理論体系から会計基準を導き出すというアプローチを採用し、実際の実務慣行とはかけ離れた会計基準も存在するという点で「経験の蒸留」とは言えないものであったと位置づけることができる。
「. SHM会計原則の内容と特徴
次に、SHM会計原則の内容の特徴として次の二つを挙げることができる。一つは会計処理の保守主義性であり、もう一つは資本と利益の厳格な区別を要請するものであるということである。第一に会計処理の保守主義性とは、「第1部
一般的な考察 会計における保守主義」として取り上げられているのを代表とし、その内容は「資産または収益の過大表示は大きな誤りであるが、過小表示は反対すべきものではなく、かえって実行で示す徳である。」(注8)というものである。具体的には、棚卸資産の期末評価について低価基準を採用すること、偶発事象に対する準備金の積立等である。
第二に資本と利益の区別とは、「第1部 一般的な考察 沁走{と利益」 として取り上げられているのが代表的であり、例えば、「資本と利益の区別は、会計の基礎をなすもの」(注9)とし、資本と利益の区別は、「会計士の活動と会計の職能を決定する究極目的である」(注10)と位置づけている。このように、SHM会計基準では資本と利益の区別を最重要視している。
ここで、資本とはある一定時点における富の蓄積であり、利益とは企業活動によって生ずる富の増加の流れであるとされる。そして、利益概念は広義と狭義の二つに分けられ、広義における利益とは、資本財の利用または役務の提供により生じた富の増加を言う。また狭義にはこの富の増加分に関する所有者の分け前を言い、損益計算書に表示される純利益を意味する。そして、資本と利益の区別の原則は、日々のあらゆる取引において資本を増減する取引、すなわち資本取引と、利益の増減に関する取引、すなわち損益取引とを明瞭に区別し、両者の混同を避けることを要求するものである。
また、資本剰余金には、払込資本のみならず、無償贈与剰余金、自己株式の売却から生じた剰余金、資本の切り下げによる剰余金も含まれる。(注11)そして、利益剰余金については特に利益剰余金計算書で処理することを求め、当期業績主義損益計算書を採用している。(注12)
このような資本と利益の区別の意義は、元手としての資本が利益配当として社外に流出することなく社内に維持拘束されることを要請するものである。そして、第一に、無償贈与剰余金などの剰余金についても資本剰余金として位置づけていることから、比較的広く元手としての資本を解釈し、これを維持拘束することを要求しており、また第二に、アメリカの当時の会計実務においても一般的ではなかったとされる当期業績主義損益計算書(注13)を特に採用することによって、利益剰余金の増減計算を際立たせ、資本剰余金と利益剰余金の明確な区別を図ることを意図していると解釈される。
従って、資本と利益の区分に関する会計基準は、企業の財務的な安定性を確保するための保守的な会計処理を意図的に志向しているものであると考えられる。
以上から、SHM会計原則の体系の特徴は次の二点を挙げることができる。第一に、少なくとも会計実務における会計処理を基礎としていること、第二に、保守的な会計処理を意図的・体系的に志向しているということである。これは、世界大恐慌後の不安定な経済状況に対応するために意図されたものであると解される。
」. 結論
以上のようにSHM会計原則は、当時の会計実務慣行を聞き取り調査、実態調査した結果から作成されたものであり、少なくともその会計処理は当時の企業会計の実務慣行を基礎としていると言える。
「経験の蒸留」としての会計基準を考えたとき、1930年代におけるアメリカ会計士協会(AICPA)による会計基準のように、ケース・バイ・ケース主義または場当たり主義的に、会計実務にある優良な会計実務のみを断片的に選択する会計基準は「経験の蒸留」としての会計基準であると位置づけることができる。しかし、アメリカ会計学大学教員学会(AAA)による会計基準のように、会計理論体系から会計基準を導き出すというアプローチを採用したものは、実際の実務慣行とはかけ離れた会計基準も存在するという点で「経験の蒸留」と位置づけることはできないと解される。
そして、SHM会計原則は、当時の企業会計の実務慣行を基礎としているという点でアメリカ会計士協会(AICPA)による会計基準のように、会計実務にある優良な会計実務を選択した会計基準であると言えるが、一方で、保守的な会計処理を意図的・体系的に志向しているということにおいて、アメリカ会計学大学教員学会(AAA)による会計基準のように、ある会計処理を意図的・体系的に志向し、首尾一貫した体系に編成している会計基準であるということができる。
従って、SHM会計原則は、当時の企業会計の実務慣行を基礎としているといえども、保守的な会計処理を志向するという意図のもとで首尾一貫した体系に編成されているという点において、「経験の蒸留」としての会計基準とは言えないと解される。
(注)
(注1)A Statement of Accounting Principles, By T.H.Sanders, H.R.Hatfield
and U. Moore(山本 繁・勝山 進・小関 勇訳「SHM会計原則」同文舘、1979年、8頁。)
(注2)広瀬 義州「会計基準論」中央経済社、1995年、27頁。
(注3)同上、同書、37頁。
(注4)同上、同書、27頁。
(注5)同上、同書、37頁。
(注6)同上、同書、27頁。
(注7)同上、同書、37頁。
(注8)Sanders;Ibid.,p12,山本他「前掲書」18頁。
(注9)Sanders;Ibid.,p1,山本他「前掲書」9頁。
(注10)Sanders;Ibid.,p1,山本他「前掲書」同頁。
(注11)Sanders;Ibid.,p85,山本他「前掲書」92頁。
(注12)Sanders;Ibid.,p35,山本他「前掲書」45頁。
(注13)沼田 嘉穂「企業会計原則を裁く」同文舘、1979年、71頁。
(参考文献)
G.O.May, Financial Accounting : A Distillation of the Experience, The Macmillan
Company, 1943 (木村 重義訳「財務会計 - 経験の蒸留」ダイヤモンド社、1957年。)
A Statement of Accounting Principles, By T.H.Sanders, H.R.Hatfield and U.
Moore,1938(山本 繁・勝山 進・小関 勇訳「SHM会計原則」同文舘、1979年。).
W.A.Paton, Comments on "A Statement of Accounting Principles",The
Journal of Accountancy, Mar.,1938.pp.70-76.
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広瀬 義州「会計基準論」中央経済社、1995年。
黒澤 清 「近代会計学(改訂増補版)」春秋社、1964年。
山本 繁「会計原則発達史 - 会計「統一化」を中心として-」森山書店、1990年。
久野 光朗「アメリカ簿記史 - アメリカ会計史序説」同文舘、1985年。
中村 萬次「恐慌と会計 - 鉄道会計史の視座-」晃洋書房、1997年。
沼田 嘉穂「企業会計原則を裁く」同文舘、1979年。
古田 隆紀「SHM会計原則の研究 - 損益計算書と営業損益区分を中心として - 」大阪学院大学商経論叢、第11巻5号(1986年1月)。
阪本 安一「SHM会計原則の現代会計的意義- 一般原則と損益計算書原則の研究」企業会計、第37巻第10号(1985年10月)。
阪本 安一「SHM会計原則の現代会計的意義(II) - 貸借対照表原則・連結財務諸表原則の研究」企業会計、第37巻第11号(1985年11月)。
阪本 安一「SHM会計原則の研究(I) - 営業外損益計算書を中心として- 」大阪学院大学商経論叢、第10巻4号(1985年4月)。
阪本 安一「SHM会計原則の研究(II) - 剰余金の計算及び処分を中心として- 」大阪学院大学商経論叢、第11巻1号(1985年1月)。
山辺 六郎「アメリカ会計原則の端緒(一)」企業会計、第2巻3号(1950年3月号)。
山本 繁「「SHM会計原則」の検討」商学集志、第54巻1〜3号(1984年12月)。
山本 繁「会計原則発達史 - 会計「統一化」を中心として-」森山書店、1990年。
平栗 政吉「会計保守的原則の限界」企業会計、第2巻2号(1950年2月号)。