
「財務会計概念およぴ基準のフレームワーク」
Special Report The Framework of Financial Accounting Concepts and Standards
1997年11月
報告日:1998年9月1日
報告者:市川 克也
前文
本文は「財務会計基準審議会」により設定された概念フレームワークに焦点をあて、米国における財務会計及び報告基準に対する概要を明らかにすることを目的とする。「国際会計基準委員会」はもちろん、諸外国の会計基準設定主体はほぼ同様な概念フレームワークを設定してきたが、それら会計基準設定主体はアメリカにおける経緯に影響を受けることがあった。FASBの概念フレームワーク、その進展、及び過去のものは、アメリカ及び国際的に、財務諸表その他の財務情報の利用、提供、または監査に関係のある人々にとって興味を引くものであろう。
アメリカの会計専門家は今日、財務会計基準設定として知られるものを発展させてきた。約70年前から、研究および実務にたずさわる会計専門家は、公開企業による財務情報の開示を改善しようとして、広く会計専門家間で認識され承認されていた”会計原則”が財務会計に存するという点を強調し始めた。会計原則に興味をもつ会計専門家は、殆ど本質的に原則が事実上、存在するということに同意し、会計原則を正式に認めようとすることは何度も行われたが、会計原則に関する2つの競合する観点が終始存在していたという複雑な要因が影響していた。ひとつは会計原則が実務を基礎とすることを主張し、もう一方は基礎的前提の基盤が必ず実務の基礎にあると考える。後者の見方はこの70年間、会計理論における発展の原動力となったし、20年以上もFASBの概念フレームワークを通じて会計基準及び会計実務に影響を与えてきた。しかし、会計実務は前者の方が支配的である時代が続いた。
財務会計基準設定の発展における重要な段階は主に次の通りである。
・アメリカ会計士協会及びニューヨーク証券取引所による”認められた会計原則”を基礎にした財務諸表作成の奨励
・「証券取引委員会」が要求する会計手続に対して”実質的な権威の支持”を提供することを目的とし、公式の見解を発表することにより協会に意見する非常勤委員会を認めること。
・上記の委員会を、常に増え続ける「一般に認められた会計原則」に対応し、適切な実務を決め、会計実務での差異および不一致の領域を狭めることを任務とする独立した会計原則審議会に移行させること。
・一般に認められた会計基準を公表する権限が与えられた主体として専従の委員を有し、かつ協会から独立した会計基準審議会を設定すること。
・財務会計及び報告に対する概念フレームワークについて、6つの概念ステートメントの採用。
その概念フレームワークがこの報告の主要な論点であるが、その他の段階もまた主題の重要な部分である。概念フレームワークとは何か、なぜこのような形で発展したのかを理解するには、財務会計、報告及び基準が発展した環境、会計原則、会計基準を形成する際の情勢、並びに概念、会計原則、及び会計基準の相互関係を理解することが必要である。そのことによって、概念フレームワークは一般的に好意的であったが、その適用はかなりの抵抗にあったということをより理解することができる。
本報告は元々は「会計専門家のためのハンドブック」(第7版)の第1章として書かれたものであり、D・R・カーマイケル、スティーブン・B・リリエン及びマーティン・メルマン編で、Wiley&Sons社により1990年に出版された。この章は1996年に出版された第8版で改訂された。全休を通して改訂がなされているが、主な変更点はいくつかの見出しのもとに集約される:
・”会計研究公報(ARB)”(8−30頁)は2つの主題、”委員会の権威に対する挑戦”および”SECの影響”が追加された。
・”資産(および負債)一財務諸表の基本的な要素”(72−85頁)、”営利企業の包括利益”(135−140頁)、および”包括利益”(150−155頁)はかなりの部分書き直し、再構成がなされた。
・”検証可能性”(106−111頁)はかなり拡張された。
ページの大きさがより小さい「会計専門家のためのハンドブック」での挿入的な参照の代わりに脚注を使用していることを除けば、本報告書はハンドブックの第8版の第1章と内容がほぼ同じである。第8版と本レポートの間で、再構成され、書き改められた原文の唯一の部分は、”収益、費用、利得、および損失”(136−140頁)である。
FASBの多くのメンバーおよびFASBのスタッフが本作業に大きく貢献した。デビッド・モッソ、ジェームス・J・レイセンリング及びティモシー・S・ルーカスは1990年において元になった原稿を読み、さらに、メッサース・モッソとレイセンリングはその後主要な改訂が施された部分を再び読んだ。マリー・A・ヒュードリックは原稿を編集し、制作および印刷を通じて原稿の処理を支援した。アン・ドーランは配置決めを行い、自動出版システムで本文および図を作り上げた。重要な貢献をした出版制作およびワープロ・スタッフの他のメンバーにはグレン・M・クドリッチ、ジョセファン・M・ダミコ、ヘネリッタ・T・ホラウワー、ドナ・J・ロレンティ、スーザン・T・ミラー、ドーン・A・ウイリアムズ、及びクリスティン・A・ウィルソンである。
ストプレイは、本レポートが執筆されたときにFASBにおける上級技術助言担当者であった。FASメンバーおよびそのスタッフによる個人的な見解を表明することが推奨されている。ここで表された見方は著者の見方である。会計の問題に関するFASBの公式な立場は広範なデュー・プロセスおよび慎重な審議を経てはじめて決定される。
New Canaan,Connecticut
1997年12月 リード・K・ストーリィ
シルビア・ストーリィ
財務会計及び財務報告
財務会計及び財務報告の主たる役割は、業務上の決定および経済的意思決定に資する情報を提供することにより公共利益に役立つことである。そのような情報は資本市場等を効率的に機能させ、それにより経済における稀少資源の効率的かつ適正な分配を促進させる。20世紀の財務会計において、その役割を果たすため初期において少数の優れた専門家の経験および実践に依存するところが大きかったが、後年、一連の財務会計基準及び基礎概念を基礎とすることに進展してきた。
会計概念の基礎的構造は、会計原則又は基準設定主体に対して会計上の問題を解消する不可欠な手段を提供するために必要であると考えられていた。財務会計は現在、FASBの「財務会計及び報告のための概念フレームワーク」において、基礎概念及び目的の基礎を有しており、その概念フレームワークは、会計実務の指針として公表される財務会計基準の設定上の基礎を与えることを目的としている。
FASBの概念フレームワーク及びその歴史が本報告の主題を構成する。いくつかの重要な用語、組織、および権威ある見解が明らかにされ、簡潔に紹介される必要があり、それらはすでにほとんどの読者は既知であるかも知れない(もしくはそうなるであろう)がご了承頂きたい。
FASB及び、一般目的外部財務会計及び報告
「財務会計及び報告」は会計分野においてよく知られた名称であり、その正確であるが若干権威的で厳密な名称は「一般目的外部財務会計および報告」である。営利企業及び非営利組織の一般目的財務諸表に関する会計の分野である。投資家、債権者その他の経営資源提供者のような利害関係者集団において、共通の利害及び情報ニーズがあるため、一般目的財務諸表の作成ができることになる。一般目的財務報告は、営利企業又は非営利組織の外部者であって実体に対して意思決定のために必要な会計情報の提供を要求する権限のない利用者に対し、情報を提供することをその役割とする。それゆえ、そのような情報利用者は企業の経営者によって提供される情報に依存することができるのである。他の集団、たとえば課税当局およびレート調整者は、彼らの専門領域に対する情報ニーズをもっているが、しかし、また自らが規定する情報の提供を企業に要求する権限もあるのである。
一般目的外部財務報告は、1973年以来アメリカにおいて一般に公正妥当と認められる会計基準を確立してきたプライベート・セクターたるFASBの権限の範囲である。一般目的外部財務会計及び報告は一般に公正妥当と認められる会計基準を基礎とし、公認会計士により監査が行われ、その情報を提供する。一般に公正妥当と認められる会計基準は主としてFASBおよびそれ以前の基準設定主体の公式見解に由来し、現在も由来している。
FASBの基準の表明たる「財務会計基準に関するステートメント」(FASBステートメント、SFAS、またはFASと省略化される)および「FASB解釈指針」(しばしばFINと省略化される)はSECおよびAICPAにより、権威のあるものとして認識されている。
FASBは「会計原則審議会」を継承したが、そのAPBの公式見解はAPB オピニオンであった。1959年、APBは、「会計研究公報」(ARBと省略化される)を公式見解とし、そのいくつかについては「会計用語公報」(ATBと省略化される)とした「会計手続委員会」(CAP)を継承した。”一般目的外部財務報告”という長い名称に関し、便利のよさから本報告書においては会計基準設定主体も行ってきたように、”財務報告”とする。
管理会計及び税務会計
財務会計及び報告は幅広い会計領域の一部である。会計の他の重要な種類としては管理会計及び税務会計がある。
管理会計は経営上の情報を提供する必要性を満たすために考えられた内部会計である。同一の会計システムが通常、管理及び財務会計情報の双方を蓄積、処理、及び流布するが、営利企業又は非営利組織のさまざまな管理段階において、意思決定をし、また業務を計画・統制することに対する経営者の責任は、外務財務報告に対して必要または妥当と考えられる以上の詳細なデータを要求する。管理会計は組織外には普通提供されず、経営者の特定の情報要求を満たすように通常形成される情報を含む。
税務会計は、税法及び通達、特に「内国歳入法(IRC)」に従うことが要請される税務申告書及び報告書を作成するために、個人、法人その他の課税対象が必要とする適切な情報を提供することに関するものである。納税者がかなりの部分において課税額を算定する点が国内の税法の行政における重要点である。税務会計は一般に、財務報告と同一の手続きに基づいている。しかし、税務当局は、支払うべき所得税の金額を見積るための基礎として納税者に提出を求める特定の情報を規定する制定法上の権限をもち、他の集団に提供される情報に依存する必要はないという重大な相違点が存在する。
概念フレームワークを必要とする理由
ホゥイート委員会報告書
”会計原則”とは、非常に分かりにくい専門用語である。会計専門家でないもの(多くの会計専門家にとっても)、会計原則とは、これを端的に説明することができない事柄であり、その性質において時代の影響を受けず、事業の変化する様式または投資家の進展する要求に関係なく表現することができる基本的かつ根本的なことを意味する。
ARB第7号
会計原則。行動指針、すなわち決定条件、行為又は実務の基礎として採用される一般的慣習又は宣言。
20世紀のアメリカで財務会計において何度も繰り返されてきたテーマは、基礎的会計原則の包括的かつ権威あるステートメントの必要性であった。それは、財務会計及び報告実務の基礎を形成、説明または決定するためには、会計上の規則、方法又は手続きの単なる記述以上に、より根本的ななにかが必要とされるという幅広い認識を反映してきた。会計専門家による数多くの組織、委員会、個人によって、原則、基準、慣習、規則、公準、または概念と呼ばれるものに対して各々が主張し、様々なものが形成されてきた。このような活動によってさまざまな成果がもたらされたが、しかし、1970年代までにはどのような成文化またはステートメントも、会計の基本的原則の最終的なステートメントとして、実務において受け入れられたり、または信頼されたりすることはなかった。
会計原則に関するステートメントの追求は2つの異なる考え方の学派を反映してきた。すなわち、会計原則は組織的かつ論理的な基礎概念から導くのではなく、実務から生成され又は演繹されるというものと、会計原則とは、個々の実務上の問題を解決する枠組みを提供する会計原則並びに幾つかの基礎的前提を基礎として形成されるものであるという考え方である。初期において、会計原則を成文化または作成するための会計原則というものが本質的には、”経験の蒸留”であるという考え方が支配的であったが、この経験の蒸留という表現は、「財務会計:経験の蒸留」(1943)と題する著書の表題に用いた、当時もっとも影響力を有していた会計専門家のひとりであるジョージ・O・メイによるものである。しかし、財務会計が成熟し、社会での会計の役割が高まるにつれ、会計原則の作成者は、他の領域に関することを理解した会計専門家の手によることになった。すなわち、環境及び問題が変化すれば、経験に頼るだけの方法は、これまでの知られている範囲までしか通用せず、経験を通じて得られる知識に対し、目的、方向性、及び首尾一貫性が与えられる限り、変化し続ける認識及び増え続ける会計手法という風によって、概念的基礎は、様々な方向へ永遠に吹き流され続けるものである。
FASBの概念フレームワーク計画は、財務会計及び報告実務の基礎をなす目的及び原理の構造を確立するために、今まで行われてきた試みの集大成である。概念フレームワーク計画とは何か、どのように発生したのか、なぜそのような形態をとり、そのような概念を含めたのかを理解するために、それに先行する60年以上前の知識を理解することが必要となろう。
証券取引所との特別委員会
財務会計及び報告において’原則’という言葉を用いた起源は「アメリカ会計士協会(AIA)」(1957年以降は、「アメリカ公認会計士協会(AICPA)」)の特別委員会に遡る。委員長ジョージ・O・メイによる証券取引所との’共同特別委員会’は、会計原則という専門用語に、会計士の監査上の特別な意義を与えた。その意義とは、顧客の財務諸表が、その顧客の財政状態、営業成績、及びキャッシュ・フローを、「一般に公正妥当と認められた会計原則」に準拠して”適切に提示している、またはしていないということを監査する協会その他の会計士により署名される監査報告書において、明白である。この委員会は、会計原則の明確化または作成、及び公表におけるその後の進展、及び会計原則に伴う問題の多くの両方の礎となった基盤を築いた。
1930年AIAはニューヨーク証券取引所との共同作業に着手し、公企業による財務開示の改善を目指した。当時、劣悪な会計及び報告実務が1929年に始まった株式市場の低迷及び恐慌を引き起こしたという考えが一般的であった。取引所は、登録企業が同様の取引を示すために、あまりに多くの異なる会計及び報告の方法を用いていたこと、及びそれら方法の中には疑問の残るものがあることに対して、懸念を抱いていた。AIAは財務諸表をより情報に富み、権威づけをなし、監査人の権威及び責任を明確化すること、及び会計の通常の性質及び会計報告の限界について啓蒙活動をすることを欲した。
取引所の株式上場委員会と、AIAの証券取引所協力特別委員会は1932年と1934年の間に書簡を取り交わした。この特別委員会の報告は、2つの委員会の間の往復書簡からなり、AIAメンバーに対して1934年「企業勘定の監査」という表題で発行された(1963年、再版)。その重要な部分はAIA委員会からの1932年9月22日付の書簡であった。
「認められた会計原則」
特別委員会は、”公正な一般的承認がある”幅広い会計原則について権威あるステートメントが、会計専門家、法律家、及び企業の役員といった能力のある人達の少数の集団による協議によって形成されることを勧めた。”認められた会計原則”の枠組みの中で、各企業は、自らの財務諸表に最も適した方法及び手続きを自由に選択できるけれども、そこでは適用している方法を開示し、それを一貫して適用しなければならないとする要請に準拠する。上場会社に対する監査証明書(報告書)はその会社の財務諸表が”認められた会計原則”に従って作成されたことを明らかにするものである。特別委員会は、開示は望ましくない実務を除去しようという一般公衆の意見からの圧力を生み出すので、この計画によって財務報告は改善されるであろうと予想した。
特別委員会は”会計原則”を定義しなかったが、しかし意中にあるものを説明し、認められた幅広い会計原則に関する2つの明示的な例を説明した。
設備装置の価値は、その設備装置の耐用年数にわたり売上総利益に対して負担されるべきであるというのは、一般に認められた原則である。また、棚卸資産について記述する最も一般的に認められた方法は低価法である。
特別委員会はまた、”かなりの一般的承認を獲得した幅広い会計原則”の予想ステートメントに含められるであろうと考えられる5原則を列挙した。
1.未実現利益は、通常、利益に負担される未実現利益勘定を使う方法により、直接または間接的に借記されるベきではない。利益は、販売価格の回収が合理的に保証される状況でなければ、通常の営業過程において販売が完了したときに実現されると考えられる。この一般ルールに関して、例外的取扱いもあり得る。
2.資本剰余金(拠出資本以外)は、現在または将来の期間損益と混同させるべきではない。しかし、例外はありえる。
3.子会社の利益剰余金で、買収以前に存在するものは、親会社と子会社の連結利益剰余金の一部を形成しない。そのような剰余金からの配当は、親会社の損益とすることはできない。
4.ある状況においては、適切な開示がなされるのであれば、自社株を資産とすることは許容される。しかし、自社株に対する配当は当該企業の期間損益として処理すべきではない。
5.役員、従業員、または関連会社に対する受取手形または売掛金は区別して示されなければならず、受取手形とか売掛金のような区分に含めてはならない。
協会は委員会の5つの原則を、1934年、協会員による承認のために提出し、そして、それら原則は現在ARB第43号、「ARBの再表示と改訂」(1953年発行)、第1A章、”会員によって採用された規則”(1−5段落)の中にある。特別委員会による原則という語の使用は、”認められた会計原則”を明らかにしようという協会の努力に対してだけではなく、また、会計専門家か原則という語を用いるときに意味するものに関する混同と論争に対しても、そのお膳立てをした。
それは”原則”であると言えるのか?
会計の広範な原則に関する特別委員会の例は、多くの人が原則であると認知するものに比ベ、本質的あることも、タイムリーでも、包括的でもなかった。それらは、自らを慣習または規則に比べより基本的にするか、またはより具体的でなくするようなものをほとんど、あるいはまったく自分自身の中に有していなかった。さらに、特別委員会自身、例外を記述するときに、それらを規則と言及したし、協会はメンバーによる承認のために提示するときに、それらを規則として性格付けたし、さらに、特別委員会の長はそれらは規則にすぎないと認めた。
委員会は、現代会計の基本原則のいくつかを規定することに着手したときに、一般的に認められていると見なせる基本原則を6個以上提示することができず、そうみなせるものさえも原則というより規則であり、さらに明白に例外があった。
驚くことではないが、特別委員会が原則を使用したことはまもなく攻撃されることになった。1937年、協会が主催した15周年記念の競技会において、ギルバート・R・ビーメのエッセー”会計原則はどの程度、規則及び基準に還元されうるのか”は、その主題に課せられる質問に対して最善の回答をしたとして第1位の栄誉を勝ち得た。彼は、原則を規則,慣習、及び手続きと同等化することにより、その原則の価値を減じさせる会計専門家のについて不平を表した。
最近の議論は”会計原則”という用語を、会計実務、手続き、慣習などの寄せ集めをカバーするために用いてきた;ほとんどではないにしても、多くのいわゆる”原則”は、基本的な会計原則事項というより、財務諸表または監査技術の項目を提示する方法と関係があるだけだろう。
ステファン・ギルマンは彼の書籍「利益に関する会計的概念」の第5章における用語についての注意深い分析で同様の指摘をした。
辞書学をひどく無視して、会計専門家は”原則”、”主義”、”教義”、”規則”、及び”慣習”を、それらが同義であるかのように使っている。
ギルマンはまた、”原則”と”規則”の間の区別に関するいくつかの会計文献で記されている混同のため、彼が関連すると考えた、Century
Dictionaryからの抜粋を引用した。
規則と原則のように一方が他方として混同して用いられている英語の2つの単語はない。規則を作ることはできる;原則を作ることはできない;規則を規定することはできる;正確に言えば、原則を規定することはできない。原則は人に対して規定されない。規則を確立することはできる;正確に言えば、原則を確立することはできない。原則を宣言することだけが可能である。規則は人の力の及ぶところにある、原則はそうではない。原則は規則及び教訓の両方の背後にある;原則は一般的真実であり、解釈及び特定の場合への適用を必要とする。
ベーム、ギルマン等は、特別委員会が推奨した会計士の報告書の様式は、会計士に対して、彼らが現実には規定できない原則の存在を基礎にして意見を表明することを求めることにより、彼ら会計士を愚かであるかのように見せている、と指摘した。その様式の報告書において、会計士は、顧客の財務諸表は、”当期の間当該企業が継続して維持してきた認められた会計原則に従って、その財政状態...及び業務成績...を適切に表示している”という意見を表明した。ベームによれば、その意見は、認められた会計原則が現実に存在し、会計士は一般的にその原則が何であるかについて知っており、同意しているということを仮定していた。実際、”(それらの原則を)ひとつひとつ列挙しようという試みはこれまでいくつか存在したが、その一方で、今日まで、一般的合意があったということに関するステートメントは存在しなかった。”その診断はハワード・C・グリアだけでなくギルマンによっても確認された。
...先例の総体(”認められた会計原則”)は当然のものとしてみなされてきた。
それぞれの会計専門家は、彼自身は会計原則の実際のリストを作るのに時間をかけてこなかったし、手間をかけてこなかったが、その一方で、誰か他の人がそのようなことをしてきたと気楽な気持ちで確信している、と感じていたかのようである。
会計士は自分たちの公証報告書において一般に認められた会計原則の存在に関しておもしろくない立場にたつ一方、彼らの間では、会計原則があるか否か、もしあるならば、それらのうちのどれくらいのものが認識され、認められるべきかについて論争が存在する。
認められた会計原則に言及する数千の会計士の報告書が流出すること、そして誰もそれら会計原則が何なのかを探求し、明確に述べることができない状況についてつじつまの合わないことがある。専門家でないものには理解できない。
ベームは、認められた会計原則を構成するものに関して合意の欠如が生じるのは、”多くの人の意識において、適切に原則と考えられる会計哲学の基礎にある一団の基本的真実と、原則から導かれるが、それ自信は原則ではない規則、実務、及び慣習のより多い集まりとの間に、明確な区別が存在しないことが主な原因である。”
会計が、組織化された一団の知識として、有効性をもつならば、Webster's New
International Dictionaryで定義される意味で、一団の原則に基づかなければならない。
”基本的な真実;包括的な法則または教義、そこからの他のものが引き出され、またはそこに他のものが基礎をおく;一般的な真実;基礎的命題。”...
会計原則は、このように、会計が、組織化された知識の集合として、基づく基本的概念である。それらは会計規則、実務、及び慣習といった上部構造が築かれる土台である。
ギルマンは、対照的に、ベームの定義に適合する原則をなんら見つけることができなかった。彼は、すべてではないが、会計原則として公表されてきたほとんどの命題は、教義、慣習、規則、または単なる意見のステートメントと名称を変更すべきであると結論づけた。彼は会計専門家が、根本的な意味で会計原則は存在しないことを認め、それらを明確化しはっきり述べようという試みに関して時間及び労力を浪費しないよう要求した。
「ひどい誤解」を訂正するメイの試み
幾つかの記事または書籍において、ジョージ・O・メイは”会計原則 ”に関するこのような、そしてその他の批判に応え、彼が長を務める複数の他の委員会だけでなく、特別委員会が何を行ってきたのか、そしてそれはなぜなのかを説明した。彼は、批評その他において、自身が財務会計の性質及び会計原則に関する委員会の作業の両方についての”大きな誤解”と表現したことを見つけだし、事柄を適切な軌道に戻すことが必要であると考えた。
彼は、”往復書簡の中で、特別委員会が’原則’、’手法’、’慣習’、及び’原則’という言葉を相互に置き換え可能なように用いてきたこと”を認めたが、メイは提案が規則か原則かのいずれで呼ばれるべきかのような質問は”現実的になんら重要な”事柄ではないと考えた。ベームが指摘したように、自分の定義に適合する原則が存在するならば、”その数は僅かで、性質が非常に一般的でなければならない(たとえば、’一貫性 ’及び’保守性 ’)。”このように、それらの原則は特別委員会が説明したようなより具体的な原則に比べ正確性の劣る指針しか与えないであろう。原則を誤って使用したとして特別委員会を非難した人たちは、”会計規則及び原則が抽象的な理論または論理ではなく、有用性に基礎を置く ”ということに明らかに考えが及ばなかった。
メイは会計専門家その他の人たちを促して、財務会計を改善しようという努力を、特別委員会と同様に、”実際上重要な ”問題に集中させたが、これは会計の避けられない慣習的性質及び会計報告書の限界の結果である。彼は特別委員会の勧告の基礎にある哲学を説明し、彼の書籍の序文でその哲学を要約した。
1926年、私は経営の義務を放棄し、自分の時間の多くの部分を会計の幅広い側面を検討することにささげる決意をした。その研究の結果として、私は、適切な会計構造は、誤認が一掃され、会計過程の性質及びその会計過程が生み出す財務諸表の重要性の限界がより率直に認識されるまで、築くことはできない、ということを確信するようになった。
会計が有用性に関するものであり、慣習を基礎としている(その慣習のいくつかはどうしても事実と適合するか疑わしい)という事実を一般的に認めることは、実際の進歩への不可避的な準備であるとことが、私にとって明らかとなった... 多くの会計専門家は会計が慣習よりも高度な尊厳性の何をも基礎としていないことを認めるのに躊躇した。しかし、これが、たとえば、ビジネス・ローについて真実であると同様に、会計についても必然的に真実であることは、明白である。これらの分野では、その言葉の根元的な意味で、我々が構築可能な原則は存在しない;そして法律、規則、基準、及び慣習の間の区別は、その性質にあるのではなく、それらが強いられる拘束力の種類にある。会計手続きは主として会計専門家間の合意の結果であった。
彼はまた、特別委員会が「企業勘定の監査」で強調した、投資をする投資家が財務会計及び報告について既に知っているか、または理解すべきことに関する多くの点を再び繰り返し述べ、敷衍したが、その中にはたとえば、企業の価値は主に利益を稼得する能力に依存するので、損益計算書は貸借対照表よりも重要であり、できる限り完全な程度で、報告期間における当該企業の利益稼得能力を示すべきである;現代の大会社の貸借対照表は相当程度歴史的かつ慣習的であり、その多くが当期の損益勘定への適切な貸記または借記をまず決定した後の支出または収入の残余金額から構成されるので、貸借対照表には当該会社の資産及び負債の現在価値を示す試みを表すことが期待されなかったし、期待されるべきではない;財務会計及び報告は必然的に慣習に基づくものであるから、会計手法がいくらか相違することは不可避である−−などが含まれた。
特別委員会による原則の定義
メイは特別委員会が使用した原則の定義を明らかにしただけでなく、特別委員会がその特定の意味をなぜ選んだかについて説明した。ベームのエッセーに関する彼のコメントにおいて、”よりつつましやかな’規則 ’よりむしろ...、たぶんかなり大げさな’原則 ’”を選択する以前の委員会の議論及び辞書の吟味について彼は思い出した。特別委員会がその言葉を用いて表した意味を定義することに最も近いオックスフォード英辞書での原則に関する定義は、第7番目の定義であった。
行動指針として採用され、または公言される一般法または規則;行為または実践に関する確定した基盤または基礎。
辞書を探索するのに費やされた時間及び努力は有益であり、委員会は探していたその定義を見つけた。
上で引用された”原則 ”という言葉の意味はその場合に完全に適合するようにみえる。報告書を全体として検証することは、委員会が熟考したことを明確にするであろう;すなわち、各企業は”行動指針として、採用されたか公言された、法または規則の”コードをもつべきである、そして、会計士はまずこのコードが認められた使用に合致するかどうかを、次にそのコードが一貫して維持かつ適用されてきたかを報告すべきである。
このように、特別委員会はより明確な”規則 ”または”慣習 ”よりはむしろ威厳のある”原則 ”のほうを選んだが、その理由は、委員会の要求にもっともよく適合する定義は、曖昧なものではあるが、原則の定義であり、規則または慣習の定義ではなかったからだ。さらに、規則及び慣習は不都合を伴った。
”規則 ”という単語は存在しない支配組織が存在することを暗示した;”慣習 ”という単語は一般人が使用するのには適していないとみなされ、意見の中には、勘定が判定される教えの権威に関する充分な印象を伝えないであろうというものもあった。
一方、会計原則は望ましい含意を伝えた。
かつては、自分の顧客を説得して自分が支持する会計処理を採用させることができなかった会計専門家が、最後の手段として、会計処理は”会計原則 ”によって要求されると強く主張することは普通のことであった。しばしば、会計専門家は”原則 ”を定義し、どのように、なぜ、いつ会計処理が原則になるのかについて述べるときに、苦労したであろう。しかし、この方法は効果的で、特に会計を難解であるがよく確立された学問体系とみなし、規則を無視することを明らかにするよりは、権威に屈服することを選択する人々(そのような人々は多数存在する)を扱うときに効果的である。明らかに、”原則 ”という単語は処理方式の本質部分である;”慣習 ”はまったく効果的でないであろう。
規則は、委員会が、監査人の権威が顧客に対して失われるのを防止するために、”原則 ”の力を備えた単語を使用することが必要であると考えたので、原則に高められた。
最もよいスキーム
特別委員会のプログラムは個々の上場企業及びその監査人が何をするかに関して焦点をあてた。各企業は”認められた会計原則 ”から、”行動指針として、採用されまたは公言された、法または規則 ”の自らのコードを選択し、さらに、そのフレームワークの中で、自らの財務諸表にもっとも適した手法及び手続きを自由に選択するが、用いている方法を開示し、その方法を一貫して適用する。監査人の報告書は各企業のコードが認められた会原則から構成され、継続して適用されたか否かに関する意見を含む。証券取引所は、各上場企業に対して上場を維持するために従うことを要求することによりそのプログラムを強制する。
協会は、会計専門家、法律家、企業役員その他の”資質ある人 ”が、上場企業及び監査人を導くために、”認められた会計原則”のステートメントを形作る努力を支持し、指導したが、しかし、その原則を規定する仕事に入っていくことはなかった。特別委員会は、”現在よく用いられているひとかたまりの認められた方法の中から、あるクラスのすべての企業を拘束するようになる、詳細な規則の集合を、相当な権限を委任されている当局が選択することを”率直に検討し、拒絶してきた。特別委員会はまた、”規則 ”という単語を使うことを避けてきたが、それはその単語が、存在しない規則-設定機関を暗に示したためであり、誰かに、不必要で(本質的でなく)かつ不可能な重荷と考えられるものを課す意図はなかった。”非常に広範な制限の中で、もし投資家が、どのような方法に従っているかを知り、かつ毎年継続的にその方法に従っていることを確信するならば、稼得利益の報告において、企業が採用する規則または慣習がまさに何なのかということは、投資家にとって比較的重要ではない。”さらに委員会は、どの単一の組織も個別企業の変化する性質を適切に評価し、見越すことはできず、したがって、企業の状況にもっともよく適合する詳細な方法の選択は各企業及びその監査人にゆだねることが最善であると感じていた。財務会計は本質的に慣習的であり、見積もりならびに原価及び収益の期間への配分を必要とするので、結果として得られる財務諸表の有用性は必然的に企業経営者及び独立監査人の資質、有能さ、判断、及び誠実さにかなり依存する。信頼が破られたり、投資家の地位の悪用といった例もいくつかはあったが、委員会は財務会計及び報告に責任をもつ人々の大多数が信頼できるということを確信していた。
最終的に、特別委員会の答申は完全には実践されなかった。非会計専門家は認められた会計原則のステートメントを作り上げる過程に参加するよう招へいされなかった。実際、協会は特別委員会の5つの原則をメンバーによる受諾のために提示したが、広範な原則のステートメントを形作る(公式化する)試みを行わなかったし、会計専門家でさえも同様であった。証券取引所も上場企業に会計手法を開示するよう要求することもなかった。
特別委員会によって残されたもの
残った唯一の勧告は、各企業が”認められた会計原則 ”の枠組みの中で自身の会計手法を選択することが認められるべきであるというものであった。”原則 ”に関する委員会の定義もまた存続し続け、”認められた会計原則 ”は”一般に認められる ”ようになった。
原則に関する特別委員会の定義−−”行動指針として採用されるか公言された一般的な法または規則;行動または実践に関する定着した基盤または基礎 ”−−は、1940年、ARB第7号、「用語に関する委員会報告」(議長:ジョージ・O・メイ)において、全く同じ語で組み入れられたが、それはオックスフォード英辞書ではなくニュー・イングランド辞書に基づいていた。ARB第1号から42号が1953年にリステートされ、改訂されたときに、原則に関する同様の定義はそのときまでに辞書のみに基づいていたが、これは「会計用語公報(ATB)」第1号、「レビューとレジュメ」へ移された。
"一般に"は、監査に関する出版物、「財務諸表の検証」(1929年)の改訂版として、協会が1936年に出版した「独立公会計士による財務諸表の検証」において、特別委員会の”認められた会計原則 ”に付加された。改訂委員会の委員長、サミュエル・J・ブロードによれば、その委員会は、”誰によって認められたのか?企業?職業会計専門家?SEC?といった質問に応えるために、’一般に ”を挿入した。私は、ある原則が自分その他の複数の人に認められれば、その原則は”認められた ”と主張する会計士について伝え聞いた。”
過去を振り返ってみると、原則に関するその定義を制度化する遺産は、原則、規則、慣習、手続き、および手法が相互交換的に用いられてきたということであったし、また不正確かつ一貫しない使用が会計原則を確立しようというその後の努力の展開および認定を妨げてきた。さらに、原則に関するそのように幅広い定義の背景の中で、会計手法を選択するときに経営者に与えられた許容度、財務会計および報告に、職業専門家がいくらかの、広範囲の認められた会計原則を採用したならば、課せられていたであろう規律を組み入れなかったこと、および、企業が自身の会計手法を開示する要求を強制しなかったことが相まって、多くの異なる手法および手続きを引き続き使用することを保護したが、これらすべては”一般に認められた会計原則 ”として正当化され、さらにより”一般に認められた ”会計手法の拡散を促進した。
最終的には、協会は原則または規則の設定に関わるようになることに躊躇していたが、結果として、アメリカのSECが創設された後に、その責任を負った。
証券法およびSEC−”実質的に権威ある支持 ”
1934年証券取引所法は、「証券取引委員会(SEC)」を設立し、1934年法および1933年証券法のもとで企業に要求される財務報告において、企業が用いるために、会計および監査実務を規定する権限をSECに与えた。SECは、それ以前の証券取引所と同様に、監査人によって是認されているさまざまな会計実務に関してだんだん関心をもつようになった。カーマン・G・ブロウは、SECの初代チーフ会計士であり、1937年に開かれた協会の15周年記念での円卓会議において、専門家が一群の会計原則を作成し、会計実務における差異の領域を減らすための方策を講じなければ、”SECへの報告書で用いられる会計原則および手法の決定は、SEC自身にかかってくると述べた。専門家へのこのメッセージは明白で、曖昧なところがなかった。”
1938年4月、このチーフ会計士はASR第4号、「財務諸表に関する管理方針」を公表し、登録者に”実質的に権威ある支持 ”を有する会計原則だけを使用するよう求めた。それが職務上のかつ強化されたブロウの初期のメッセージを形作った。職業専門家が会計原則または手法を決定する能力を維持することを望むならば、協会は”実質的に権威ある支持 ”を有すると考えられうる原則のステートメントを公表しなければならないだろう。ASR第4号を通して、SECは何が”実質的に権威ある支持 ”をもつかを述べる権利を留保したが、しかし、また、協会が公表する原則についての勧告へのその認識を与える道を切り開いた。
会計手続委員会−1938-1959
協会は「会計手続委員会(CAP)」(手続であって、原則ではない)を大きく拡張し、そのCAPに、会計原則に対する責任および 協会を代表して会計原則について発言する権限−−すなわち協会のメンバーおよび運営審議会の承認の必要なしに会計原則に関する見解を公表する権限を与えた。CAPはSECが探し求めた会計原則に対する”実質的に権威ある支持 ”の主要な源であることを意図された。
協会の会長はCAPの名目上の委員長であった。CAPの副委員長で、かつCAPの指導者(先導役)だったのはジョージ・O・メイであった。協会による原則に関する包括的なステートメントはなかった
協会が次の20年間たどった路線は1939年1月の初めての会合で設定された。カーマン・G・ブロウは、SECを離れて、アーサー・アンダーセンの代表者員となり、かつCAPのメンバーであり、1967年UCBでのシンポジウムにおける論文で、CAPがいかにその進路を選択したかについて詳述した。
最初に、日々の実践に関する実際的問題の解決に対する指標として機能する会計原則の包括的ステートメントを形成すべきであると考えられた。
広範な議論の後、そのようなステートメントの準備には5年もの期間がかかるであろうという点で意見が一致した。SECが待ちきれなくなり、そのような事柄に関してSEC自身の規則を作り始める前に、会計手続きにおける差異の領域を減らすことに着手する必要を考慮して、CAPはそのような包括的会計原則の構築を待っていることはできないとの結論に達した。
CAPはこのように特定の問題を処理する必要性が非常に緊急であるため、原則に関する包括的ステートメントに時間および労力を費やすことはできないと決定した。
他組織による会計原則に関するステートメント
協会は広範な会計原則に関するステートメントの公式化を試みなかったが、2つの他の組織がそれを行った。両ステートメントは教授によって書かれ、そのそれぞれは会計原則の性質および由来に関する2つの学派のひとつの初期における代表者であった。
AAAによる会計規則および手続きの理論的基礎
1936年に「アメリカ会計学会(AAA)」の執行委員会による”企業の財務諸表の基礎をなす会計原則に関する暫定的ステートメント”は、”企業の定期的な財務諸表は間断なく、単一の調整された一連の会計理論に従うべきである”という仮定に基づいていた。”企業の財務諸表の基礎をなす会計原則”というフレーズは、会計実務の改善は実務を支援する理論的フレームワークを強化することによってもっともうまく達成することができるということを強調した。”仮のステートメント ”は協会によってほぼ完全に無視され、当時の会計実務への影響はごく僅かであった。しかし、そのステートメントの原則のうちの2つ(ひとつは他のものの直接的推論である)およびそのステートメントを基礎にしたペイトンとリトルトンのモノグラフは長期にわたって影響をもつことになったし、そして簡潔に表現されている。
サンダース、ムーア、ハットフィールド教授の会計原則
調整された一連の会計原則を抽出しようというAAAの試みとは対照的に、サンダース、ムーア、ハットフィールド教授という、それぞれ2人の会計学の教授、1人の法律学の教授による、「会計原則に関するステートメント」は、インタビュー、議論、および”現行の会計実務 ”に関する調査をまとめたものであり、なんら体系だった理論的基盤を反映しなかった。そのステートメントはホーキンス・セルズ財団の後援で作成され、そして1938年、協会により出版され、協会の全メンバーに”会計原則の議論に対する非常に価値のある貢献 ”として配布された。
この報告は、原則に対する基礎として経験および現行実務へほとんど排他的に依存している点、もっとも曖昧な実務でさえも批判することを躊躇する姿勢、および、会計専門家は、経営者が会計実務で実践したいと望むものはなんでも、それが合法的でかつ適切に開示されている限り、承認する以上の義務を有しないということを暗に示している点を、激しく非難された。批判された特質の多く、たぶんそのほとんどは、著者が要求されたこと−−つまり会計原則の体系を実務ならびに意見および権限の加重に基づいて公式化することに固有のことであった。それにしても、その報告は監査人の独立性と、一方で会計専門家としての判断を、他方で経営者に対する服従を遂行する義務との間の曖昧な均衡に達する傾向があった。
それにもかかわらず、その報告は、”会計原則に関する最初の比較的完全なステートメントであり、かつ、会計原則は会計専門家が行うことの中に見いだせるという学派の立場を反映した唯一の完全なステートメントであった。”会計専門家が日々の実務で用いている手法および手続きを成文化しようという成功した試みであり、また”実際のところ’実務の蒸留’であった。”さらに、CAPが会計原則に関して、同様の見解を採用し、追求し、さらに、現行実務ならびに意見および権威の加重を、その意見表明に取り込んだので、「会計原則に関するステートメント」はおそらく、CAPが既存の”認められた会計原則 ”を成文化しようと試みたならば、生み出していたであろうものにかなり近いものであった。
個人による原則
1937年および1938年における3つのそれほど意欲的ではない仕事−−ギルバート・ベームGilbert
R.Byrneが栄誉をえたエッセーでの8つの原則、D.L.Trouantの書籍「財務監査」における9つの会計原則および慣習、およびリトルトンの”原則に対する検査 ”での6つの会計原則−−は、原則に関して、完全なステートメントではなく、例示を与えた。それぞれ、原則が何を意味するかを記述し、さらに、原則の性質を説明し、または、どういう命題が認められた原則であると判断されうるのかを示すために、いくつかの命題を与えた。結果として得られた原則は実質的に特別委員会の原則と同様であった。たとえば、3人の著者のすべてが、収益は通常は販売時点で実現(認識)されるべきであり、また、施設の原価はその耐用年数にわたって減価償却されるべきであるという慣習を取り込んだ。興味深い例外はTrouantの最初の原則であった−−それは”価値を有するあらゆるものは権利の請求者をもつ ”−−およびそれに伴う説明”複式簿記の基礎はこの原則の中にあり、資産および負債に対する貸借対照表の総計相当額がこの原則から生じる”−−であった。この命題はほとんどの当時の原則に比べより根本的であっただけでなく、会計過程に対するというより、会計が発生する世界に言及する点で独特なものでもあった。
具体的問題の解決から得られる原則
会計原則を記述しようというこれまでに示した5つの努力のどれひとつも実務に大きな影響を及ぼさなかったようであるが、サンダース、ムーア、ハットフィールド教授の「会計原則に関するステートメント」は間接的に、具体的な問題とまず取り組むというCAPの決定に影響を与えたであろう。”それを読む人は誰でも、同じ取引を会計処理するときに従う手続きの広範な多様さに印象づけられないことはないであろうし、その点で確かにそれは実務を標準化するために何かを行う必要性をはっきりさせるのに役立った。”
いずれにしても、CAPは広範な会計原則に関するステートメントを公式化するにはあまりに多くの時間がかかるという結論に達し、その代わりに、CAPが、個別の財務会計または報告問題を解決するために、他の代替案よりも望ましい数個の代替的手続きを勧告するという、個々の問題ごとのアプローチを用いることを選択した。緊急でかつ異論のある問題をそのように解決しようという決定は、CAPのメンバーにより、”大火を引き起こす前に、低木地帯の火事を消そうという決定である”、と表現された。
会計研究公報
差し迫る火事を消すCAPの手段は「会計研究公報(ARB)であった。1939年から1959年にかけてCAPは様々な主題に関する51のARBを公表した。最も重要な、または最も論議を呼んだ(またはその両方の)ものの中には、第2号、「借換社債」(1939年);第23号、「法人税の会計」(1944年);第24号、「無形資産の会計」(1944年);第29号、「棚卸資産の評価」(1947年);第32号、「利益および利益剰余金(留保利益)」(1947年);第33号、「減価償却」(1947年);第37号、「ストック・オプション形態の給付に関する会計」(1948年);第40号および第48号、「企業結合」(1950年および1957年);第47号、「年金基金の費用に関する会計」(1956年);第51号、「連結財務諸表」(1959年)−−がある。
各ARBは、CAPが注視してきたひとつ以上の会計または報告問題を記述し、その事項を会計処理するか、または、そうでなければ、関連する問題を解くために、認められた原則(慣習、規則、手法、または手続き)を明らかにし、ときには望ましいものとしてひとつ以上の原則を記述した。それぞれのARBは具体的な実務上の問題、または一連の関連する問題を取り扱ったので、CAPは、ケース・バイ・ケースの、当面の問題に限る、または断片的な会計原則を作成または承認した(最も普通の記述を用いる)。
実務、経験、および一般的承認に基づく断片的な原則
CAPが仕事を遂行する方法およびCAPが目前の問題を決定するときに従う基礎の結果として、ARBは、”会計の規則は、法のそれよりもいっそう、論理というよりは経験の産物である”というメイの言明の古典的な例となった。名称に”研究 ”を含んでいるにもかかわらず、ARBは、研究または理論の所産であるというよりは、現行実務、CAPメンバーの集積された経験、および一般に認められことの必要の所産をはるかに超えるのものであった。
CAPは会計原則の包括的ステートメントを成文化しようとしなかったので、CAPが考える慣習、規則、および手続き評価する上での一連の理論をもたなかった。個々のARBはときには個人メンバーが明らかに提示もしくは適用するか、またはCAPが認めるひとつ以上の理論を反映することもあったが、グループとしては広範で、内部的に一貫した、基礎的理論を反映するものではなかった。それどころか、しばしば互いに矛盾するとして非難された。委員会は「一貫性」という言葉を、慣習、規則、または手続きがひとたび選択されたならば、引き続く財務諸表においても使用され続けるべきであるいうことを意味するために用い、ある公報での結論が他の公報での結論と矛盾または競合しなかったということを意味するものではなかった。
ひとつのグループとしてのARBにおいてもっとも影響力のある統一的要素は、「企業勘定の監査」を支える哲学、メイおよび証券取引所協力特別委員会が実用的かつ現実的であり、−−理論的かつ論理的ではないと記述した命題の集まりであった。たとえば、ARBは明らかに以下の命題に基づいていた。損益計算書は貸借対照表よりはるかに重要である;財務会計は主として、資産および負債の価値を評価することよりは、歴史的原価および収益を期間に配分する過程である;使用されている個々の規則または慣習は選択されたどのようなものも継続的に用いられるということ以上に重要ではない;会計の慣習および規則におけるある程度の多様性は、特にそれらを個々の状況に適用するための手法および手続きにおいて、不可避であり、かつ望ましい。
CAPの作業のほとんどは、協会の大部分の委員会のそれと同様に、メンバーおよび彼らのパートナーもしくは提携者によってなされ、したがってARBは彼らの経験を反映した。カーマン・B・ブロウの経験もまた、1944年彼が協会の初のフルタイム研究部長になった後に、ARBに強い影響を与えた。協会は1939年パートタイムの部長を有した小規模な研究部門を設立し、その部門は委員会のためにいくつかの研究を行ったが、主に技術スタッフの仕事、たとえばARBの基礎として背景および技術的なメモランダムを提供することや、提案されるARBの一部分の草稿を書くことを遂行した。委員会メンバーおよびその提携者は、1942年研究部門がまたCAPにスタッフ支援を提供し始め、その後だんだんと、協会のその他の技術委員会のますます多くに(ある時期においては44)、スタッフ支援を提供することに従事するようになるにつれて、さらにいっそう多くのCAPの仕事をおこなった。
CAPが検討し、ARBにおいて原則として承認印を与えた、会計の慣習、規則、および手続きは、CAPが会計専門家が行ったことの中に原則を探し求めることを決めたからだけではなく、今までに用いられていた原則のみが”一般に認められた ”ものとしての資格を有する可能性があったからという理由からも、既に実務で用いられていた。一般的承認は委員会の投票によってではなく、利用により行われた。1939年12月のARB第4号以降の各ARBはその権威に関してこの注釈を伴った。”協会の会員による正式の採用が求められ、かつ保証された場合以外では、ARBの権威は、到達した...意見に関する一般的承認に基づく。”
委員会は、協会により、会計原則に関するステートメントを公表する権威が与えられ、協会はSECがそのことを”実質的な権威のある支持 ”を与えたと認識することを期待したが、委員会はARBに従うことを要求する権威は有しなかった。各ARBに、”認められた手続きからの離脱を正当化する負担は、他の処理を採用する人により引き受けられなければならない”という警告を付加することができただけだった。
ケースバイケースで、当面の問題に限り、または断片的に、作成され、または承認された原則の一般的承認性に委員会が依存したことは、委員会が新しい会計実務を導入したり、または、現行実務を禁止しようするときはいつでも、委員会の権威に対する抗議を招いた。さらに、SECもまた会計原則をケースバイケース、その場限り、または断片的に取り扱ってきたにもかかわらず、会計原則が実質的な権威ある支持を有しているかを述べるSECの権限−−これが一般的承認性に関するSEC自身の形態である−−は、委員会がSECの同意なしで行えることを制限した。
委員会の権威に対する抗議
CAPはARB第23号、「法人税の会計」(1944年12月)において、法人税の期間配分を導入した。委員会が実務を変更するために提示した理由は、”法人税は費用であり、その他の費用が配分されるのと同様に、必要性があり、実行可能なときに、利益その他の勘定に配賦されるべきである、というものであった。損益計算書が反映すべきことは...当期の損益計算書に含められる利益に適切に配賦される法人税費用である”(ページ186(ARB第23号の第4ページ)は、いくつかの変更を伴って、ARB第43号、「ARBの更新および改訂」(1953年6月)、第10B章”法人税 ”第4段落に移された)。
ニュージャージーの公認会計士団体のある委員会は、ARB第23号をその公表後すぐに精査し、ARBが勧告した新しい手続きが、その公表時点で”認められた手続き ”であったかどうかに疑問を投げかけた。その委員会は、一般的承認性は手続きが実務で適用されている程度に依存し、そのことは時のみが言及するであろう、と強く主張した。当該委員会は、90%以上の協会メンバーによるARBの承認は、そのARBの一般的承認性および権威を証明するので、新しいARBを公表1年後に正式の投票に付託するよう提案した。
協会はその提案を無視したが、ニュージャージーの委員会は会計実務を変更するCAPの権威に事実上異議をとなえ、消え去らない問題を提起した。協会の執行委員会または審議会はその後何回も委員会の権威を再び主張することが必要であると気づき、そして、委員会の最後の年において、実務を変更する委員会の権威は裁判所でその正当性が問題にされたが、それは再び税金の配賦に関してであった。American
Electric Power社の子会社である、3つの公益事業体は、CAPに対し、1959年4月15日付けのレターを公表し、ARB第44号(改訂版)、「定率法」(1958年7月)における用語を解釈することを差し止めるよう求めた。
このレター(書簡)の目的は、税の配分の記帳において用いられる”繰延収益 ”が負債であって、株主持分の一部分ではない、という委員会の見解を表すことであった。原告3企業は、この勘定を負債として分類することは、それら企業に、”回復できない傷害、損失、および損害 ”をもたらすであろうと申し立てた。それら企業はまた、この書簡が委員会の通例の公開なしに公表されており、したがって、利害関係者がコメントすることができなかった、と主張した。連邦地方裁判所は原告敗訴の判決を下した。2審の連邦控訴裁判所への控訴は退けられ、そこで、裁判所は、とりわけ、”我々は、私的組織が誠実に抱いている見解を表明する手続きを裁判所が支配または制御することはできないと考える”と述べた。上級裁判所から下級裁判所への事件記録書類移送命令書は最高裁判所により否認され、そして、委員会の書簡はその後まもなく公表された(1959年7月9日)。
委員会の地位に関して協会が繰り返し再度主張したことも、裁判所で勝ちをおさめたことも、その権威が一般的承認性にある会計原則に固有の弱点を是正しなかった。協会は、ほぼ20年後、「会計原則審議会(APB)」の権威が、別の法人税の問題−−投資税額控除の会計(ページ37-40)で攻撃されるまで、結局はその問題に立ち向かわなかった。
SECの影響
ARBでの会計原則は、SECがそれを”実質的な権威のある支持 ”(ページ14および15)を有すると考える場合のみに、SECへの届出において受け入れられるので(許容し得るので)、協会の2つの委員会は、公報がその条件を満たすことを確実にしようとして(保証しようとして)、注意深く、SECとの作業を通じた関係を育成した。SECとの協力委員会はSECの会計スタッフおよび場合によっては委員と定期的に会った。CAPおよび研究部長はSECの代表者と必要に応じて会い、また、主任会計審査官に委員会の仕事に関して知らせ続けるために非常に骨をおった、それは、提案される公報の草案の複写を彼に送付するだけでなく、彼のコメントおよび批評ならびに可能ならば同意を求めることによって実現した。彼の承諾を確保する努力はたいてい成功した。
CAPとSEC間の意見の相違はもちろん不可避であったが、しかし、その相違は規則というよりは例外であった。ほとんどの不一致は、ページ27および28で説明されている利益に関する当期業績主義と包括主義についての長い間続いた不一致と同様に、友好的に解決された。CAPとSECはときには妥協による解決をもたらすことができた。CAPはしばしSECの見解を採用し、少なくとも一度、SECの反対という理由で、提案されたARBを撤回したし、また別のときには明らかに公報を発表することをSECによって思いとどまらされた。SECは場合によっては委員会の見解を取り入れたり、または少なくとも、協会による公報の発表を延期させる、自身のASRの公表を遅らせた。
SECは、ARBへの自身の影響を通して間接的に会計実務に影響を及ぼした。SECはまた、自身に届出される一連の財務諸表が制定法で定められた要求を満たすか否かについて言及する権限を、公表されたものもあるが、ほとんどが非公開の(公式でない)決定および命令により、直接に行使した。
SECは、そのほとんどが、会計原則よりは開示の問題に関する正式の規則をいくつか発表した。たとえば、新たに設立されたSECが公表した初めての規則は、損益計算書が、多くの経営者が長い間企業秘密であると考えてきた情報である、売上高および売上原価を開示するよう求めた。600以上の企業、これは1935年の中頃において、登録書類を届け出ることを要求された企業のほぼ四分の一にあたるが、それら企業は要求される情報を公に開示することを拒むことにより、自らの証券を上場停止という危険にさらした。SECはそれら企業の相当数に対して聞き取り調査を実施し、また、その情報が必要であるという、証券アナリスト、投資銀行業者その他の財務諸表利用者の主張を聞いた。SECはその後”影響をうけるすべての企業に、その情報は適切な提示のために必要であり、この必要性はそれに対してわき上がってきたどのような主張にも打ち勝つ、と通告した。”
企業は従う以外の選択肢はほとんどなく、その規則の効果は、世界のその他の国のほとんどに数十年先駆けてアメリカにおいて、売上および売上原価の報告を課すものであった。この規則の初期の適用を取り巻く論争は静まり、そして、売上および売上原価を報告することはかなり長い間普通の実務になってきたので、現在、それに関するかつての論争の性質またはそれを公表するときのSECの関与について知っている人はほとんどいない。
SECは非公式の規則、および登録者の財務諸表に関する”不完全な書簡 ”における命令を通して舞台裏でその権力を大いに行使した。不完全な書簡の受領者はSECの規則に従って財務諸表を修正するか、またはワシントンに行って、SECのスタッフおよび、耳を傾けるであろうSECのその他の誰に対しても、スタッフが問題視した会計(手続き)の優秀さを納得させるべく試みることのいずれかを決定することが可能であった。非公式の協議過程が合意を生み出さなかった場合には、登録者は(SECに)従うか、または登録を撤回し、証券の発行を見送る以外はほとんどなにも行うことができなかった。会計問題を統括/裁定するスタッフが行うSECへの唯一の提訴/アピールは、登録が虚偽の表示を含んでいるという理由で、その登録が有効となるのを防ぐために、中止命令が発行されるべきか否かを決定するヒアリングの形式をとる−−事実上、”登録者が詐欺的行為を犯すか否かを決定するヒアリング...世間の評価を有しているビジネスマンは、単に会計上の問題を決定するために、自身を推定上の詐欺師の地位に置くことはないので、”これら非公式な行政上の規則はほとんどの会計問題を効果的に解決した。
資産は決してその原価以上で会計処理されてはならない、という広範囲に及ぶSECの規則はそのように公表された。”SECも会計専門家も、資産の評価増または時価の補足的開示を直接規定する規則または指針を公表しなかった。変化は、非公式の行政上の手続きを通じて両方の実践を’妨害した ’SECスタッフの介在によって引き起こされた。””SECはまったくの初めからある見解をとった...その見解を非常に早く確立したので、我々はしばしば、資産会計の基礎において、SECが、登録者が関心をもつ限りにおいて、その問題を検討さえする機会を、会計専門家に決して与えなかった、という事実を見落とした。”
SECの役割が長く忘れられ、または知られなかったという意味で、原価主義での経験は売上および売上原価の開示を要求する規則の経験と類似していた。原価主義は開示というより会計原則と関わっていた。そして、開示規則への反対のようにしずまるのではなく、原価主義を取り巻く論争は激しくなり、第二次世界大戦以後、協会内部の重大かつ長期の意見の不一致を招いた。
戦間期における急速なインフレーションが財務諸表に与える影響についての広範囲な関心、および戦後の取替資産の非常に急騰した価格を理由として、協会はロックフェラー財団と共同して資金を出し合い、企業利益に関する研究グループを創設した。そのグループの報告書は、財務諸表は同一の購買力単位で表現された場合にのみ意味をもちうるとの結論を出した。その報告書は、一般物価水準の変動の影響を、既に所有している資産の原価、ならびに、それら資産の使用から生じる原価および費用に反映させる会計を提唱したが、それは協会の多くの指導者およびメンバーが必要であると考えた会計の変化であった。
研究グループがまだ仕事に従事している間に、CAPは、多くの他の協会指導者およびメンバーならびにSECに支持されて、ARB第33号、「減価償却およびハイコスト」(1947年12月)を公表し、そこでは”物価水準減価償却”を拒絶し、その代わりに、経営者が毎年、より高い価格水準で生産設備を取り替えることを見込んで、純利益または留保利益を処分することを提案した。このARBは、いくつかの大企業がもくろみ、または採用してきた、純利益測定における原価を基礎とした減価償却を上回る減価償却の使用を、効果的に防いだが、またしてもSECの活動への激しい抵抗を引き起こした。
一般物価水準の変動の影響によって引き起こされる会計問題を直視せずに、SECの原価主義を事実上適用したとして、CAPを批判した人の中で主要な人物は、George
O.メイであり、彼は企業利益に関する研究グループを創設するのに助力した。彼はそのグループの顧問として働き、それからグループのメンバーになり、その後グループの報告書の共同著者となる。彼は、CAPが研究グループの努力を十分に審理せずに判定し、卑劣な手段で攻撃し、それにより、”...物価水準の変動と企業利益の概念の間の関係 ”に関する真の議論を妨害したとして、CAPの活動を非難した。しかし、彼はARB第33号を、CAPが自身の(進むべき)道を見失ったことを示した、その後10年にわたる多くの失策のひとつにすぎないと考えた。彼はまた、委員会を、とりわけ、経済の変化した状況とより調和した他の慣習を支持して、時代遅れの慣習を撤廃を行わず、さらに、公益/公共事業の会計手続き、たとえば連邦電力委員会の”原初(以前の)原価 ”−−現在の所有者にとっての原価というよりは、最初に財を公共サービスにあてた企業または自然人にとっての原価−−委員会自身、より初期においては一般に認められた会計原則に反するとみなしていたもの、などの手続きを採用するという理由で批判した。
このような批判にもかかわらず、委員会は、幾分揺れ動くことはあったが、その行動方針を維持した。CAPは、資産の上方への再評価を承認する公報を発表することを2度検討したが、しかし、いずれの場合も、SECの無条件の反対に直面して、その試みを断念した。原価主義への不同意の数は、委員会が、変化する物価水準の問題に再度向かう度に増加したが、委員会は”新しい方針を支持する三分の二の多数をまとめることができず”、1958年にその主題を議題から削除した。
SECが、規則を公表したり、もしくは非公式の決定および登録企業との私的な協議で規則を確立することによって、直接的に、または、CAPを通じて、間接的に、会計実践に影響を及ぼしてきたかは問わず、とにかくSECはだいたい思い通りにしてきたように見える。
断片的に再確認された原則を公表する決定
CAPは、公表または提案された自らの公報に対するSECのコメントおよび異議に、その場しのぎで(個別の問題限って)対処しなければならなかったが、それはCAPが、SEC自身のその場限りの(個別問題に限る)コメントおよび決定への応答の基礎を与える、原則に関する包括的ステートメントをもっていなかったからである。委員会は初期において実践問題に対する解決の基礎を与える広範な会計原則のステートメントを作り上げるために要求される時間をとらないことを決定したが(ページ15および16)、会計原則に関する包括的なステートメントまたは成文化への必要性は折々に高められ続け、そして委員会は定期的にその問題を再考した。そのたびに、委員会はその種のプロジェクトを否決した。
そのような機会のひとつが1949年においてであり、そのときに委員会は自らの初期の決定を再検討し、会計原則の包括的ステートメントに関する作業を開始した。しかし、結局、委員会は再びそのプロジェクトを、実行可能でないとして断念し、代わりに1953年、ARB第43号、「会計研究公報の更新および改訂」を公表した。ARB第43号は最初の42個のARBを破棄して、取って代わったが、もはや適用可能でないとして撤回されていた3つのもの、および用語委員会の報告であり、再検討され、「会計用語公報(ATB)」第1号、「再検討および要約」で個々に公表された8つのものは除く。ARB第43号は初期の公報を寄せ集め、それらを主題ごとにグループ化したものであるが、”この収集されたものは公報の元々の特質を維持していた、すなわち、異なる主題に関する独立した意見の集まりであった。”
このように、財務会計および報告問題を解決するための基礎を提供する認められた会計原則を成文化するというよりは、低木地帯の火事がぱっと燃え上がるときに、それを消化するという、最初の会合でのCAPの決定は、その委員会が全21年の歴史の間、その路線を設定した。51個のARBはすべてこの決定を反映した。
AAAの影響
CAPがARBを公表していた21年の間、AAAは1936年の”企業の財務諸表の基礎をなす会計原則に関する一時的ステートメント ”を、1941年、1948年、および1957年に改訂し、そこには1948年改訂版に対する8つの追加ステートメントを含んでいた。”仮のステートメント ”において、既に見たように、AAAの執行委員会は、会計実践における改善は、実践を支援する理論的フレームワークを強化することによりもっともうまく達成されうると強調し、そして、規則および手続きを生成し、評価するための概念および基準の包括的な集合を明確に表そうと(公式化しよう)と試みた。原則は手続きの単なる記述ではなく、手続き(の正当性)がそれに対して判断されるであろうその基準であった。
AAAの執行委員会は、会計原則に関心をもつ協会の委員会同様、原則を、会計実務から引き出されるものであると見なしたが、誘導の手段が異なっていた−−協会によれば蒸留または調整であるし、AAAによれば理論的分析であった。このように、”仮のステートメント ”は20の原則を説明し、命題は”この基礎的原理の必然の帰結”を具体化した。
会計は...本質的に評価のプロセスではなく、歴史的原価および収益を当期およびそれに引き続く会計期間に配分することである。(ページ188)
AAAの意図は会計の概念的基礎を重要視することであったが、”仮のステートメント ”は、外見ほどには十分に概念的ではなく、より実践志向であり、それは原則が実務から誘導されたからだけでなく、”基礎的原理 ”が本質的に既存実務の記述だからでもあった。会計に関する同様の記述は、証券取引所協力特別委員会の報告書に固有のものであり、1935年10月における協会の年次会合でGeorge
O.メイにより表明され、さらにARBのほとんどにおいて明白であった。
AAAのステートメントにおける原則がARBにおけるものにかなり類似していたということは驚くに当たらないであろう。”協会と学会の両者が利益決定の性質に関して同じ基礎的哲学に同意したのだから、彼らが、異なる経路に従ったとしても、同様の結論に到達することはほとんど当然のことであった。”
AAAの1941年および1948年改訂版はだいたい1936年の”仮のステートメント ”で設定された方向に留まった。多少の変化が1948年改訂版に対する補足ステートメントのいくつか、および1957年改訂版において現れ始めた。しかし、その変化はたぶんあまりに遅かったため、CAPが相当に注意を払ったとしても、ARBに大きな影響を及ぼすことはできなかった。
”仮のステートメント ”が会計実践に及ぼした長期にわたる影響は、以前に見たように、公表後少したった後に、”包括主義利益 ”に関する原則のうちの2つ(一方は他方の帰結)およびペイトンとリトルトンによるモノグラフを通じてほとんど間接的に生じた。
”包括主義利益 ”対 ”期間損益計算の歪みの回避 ”
”企業の財務諸表の基礎をなす会計原則に関する仮のステートメント ”は、後に”包括主義利益 ”または”純剰余金”理論と呼ばれたものを強く支持した。その原則(第8号、189ページ)は、この理論に名称のうちのひとつを与え、ある期間の損益計算書は、”その期間の業務の結果であるか否かにかかわらず”、その期間に適切に認識された収益、費用、利得、および損失のすべてを含むべきである、というものであった。その必然の結果(第18号、191ページ)は、この理論にもう一方の名称を与え、収益、費用、利得、または損失はいずれも利益剰余金(留保利益または未処分利益)において直接、認識されるべきではない、というものであった。
SECは後にその会計を強く支持し、そして、その会計はSECとCAPとの間の争いのもとになった。CAPは概して利益に関して”当期業績主義”理論を支持したが、その理論は”純期間利益を歪ませることを回避するために”、特別損益および非経常損益を純利益から除外する。意見の不一致はARB第32号、「利益および利益剰余金(留保利益)」(1947年12月)の公表で周知となり、そのARBの「The
Journal of Accountancy」1948年1月号での公表には、SECの主任会計審査官、Earle
C.Kingからの、”SECはスタッフに、誤解を招くように思われる財務諸表に対して、たとえそれがARB第32号の適用を示すとしても、異議を申し立てる権限を与える ”と述べた書簡が添付された(25ページ)。さらに2つの公報、ARB第35号、「利益および利益剰余金の呈示」(1948年10月)、および、ARB第41号、「利益および利益剰余金の呈示」(公報第35号に対する補足)(1951年7月)が、CAPとSECが多くの妥協を成し遂げようと試みていたときに、あとに続いた。それぞれの努力の成果は、当事者の一方またはその両者にとって不満足なものとなった。
十数年後APBはAPBオピニオン第9号、「経営成績の報告」(1966年12月)において包括主義損益計算書を採用する。その会計および報告はこれ以来、主に、FASBステートメント第12号、「ある種の市場性をもつ有価証券に対する会計」(1975年12月)、および、FASBステートメント第52号、「外貨換算」(1981年12月)により、いくつかの重要な例外を認めることで修正されてきた。それゆえに、現行の一般に公正妥当と認められる会計基準のもとで報告される純利益は正確に包括主義利益だと言うことはできないが、しかし、包括主義利益の考えは依然として一般に高く評価されており、回帰すべき望ましい目的地点として包括主義利益を見なす人もまだ多い。
”費用(原価)と収益の対応 ”および”資産は原価である ”
1936年に”企業の財務諸表の基礎をなす会計原則に関する仮のステートメント ”を公表したAAAの執行委員会の二人のメンバーは、その概念を説明するモノグラフ(学術論文)を書くことに着手した。その成果、ペイトンとリトルトンによる「企業会計基準序説」(1940年)は、容易に学術論文としての資格を取得し、会計実践においてこれまでもっとも影響を与えてきた。モノグラフは現行実務のあるもの−−たとえば後入先出法や低価法−−を拒絶したが、一般的には現行実務を合理的に説明し(正当化し)、それまで欠如していた理論的基盤であると多くの人がみなすものを現行実務に提供した。
モノグラフはARBを支える前提のうちの2つを受け入れた。(1)期間利益の決定は財務会計の中心的機能である−−”営利企業は利益を生み出すことを目指す組織であるとみなされる”−−そして(2)(AAAの1936年”仮のステートメント ”の”基礎的原理”に関する発言の中にある)会計は”本質的には評価過程ではなく、歴史的原価および収益の当期以降の会計年度への配分である。”
したがって、会計の根本的問題は、期間利益測定の過程において、発生した原価の流れを現在と未来の間で分配することである。この分配について報告する専門的な道具が損益計算書と貸借対照表である...損益計算書は当期への原価の配分を報告する;貸借対照表は来るべき年度に合理的に適用可能な発生原価を示す。
このモノグラフは期間利益決定過程を”費用収益の対応”と表現し、その過程にに覚えやすい/人の心を引く名称だけでなく、非常に直感的な主張−−企業の努力と業績を関連づける過程−−も与えた。この必然の結果は、資産のほとんどは”収益に対する繰り延べられた控除”というものであり、原価は将来の収益に”対応”させられるのを待機している:
”売上原価”または”費用”として適切に取り扱わられるであろう営業過程での地点にいまだ到達していない、生産のために取得された要素は、”資産”と呼ばれ、貸借対照表において資産として呈示される。しかし、これら”資産”が実際、原価または費用として収益との将来的対応を待機している”一時的停止状況にある収益控除”であることを見逃すべきではないであろう。
原価と費用を区別する一般的傾向は的を射たものではない。なぜなら費用はまた、まさに資産が原価であるように、非常に重要な意味で原価である。
貸借対照表はこのように未償却取得原価、つまりまだ控除されない原価を繰越す手段として機能する;貸借対照表は、連続する損益計算書を、損益流の各種要素からなる像へ結ぶ連結環になる。 驚くことではないが、ARBで開発された会計原則を支持してきたが、それら原則が理論的支援を明白に欠いていることに不満足なひとは、”費用(原価)と収益の対応”が期間純利益を決定するだけでなく、さらに、資産のほとんどを、その歴史的原価またはその未償却部分で会計処理する実務を正当化もするという理論を、非常に魅力的であると気づいた。
会計原則に関する広範な定義を規定することが、CAPそれ自身、そして後にはAPBに対する問題を引き起こしたのとまったく同様に、”収益への費用(原価)の対応”、”原価は資産である”、および”期間利益の歪みの回避”を規定することはまた、財務会計および報告のための概念フレームワークを構築するときに、FASBに対して問題を引き起こした。FASBは、このような表現は会計専門家の語彙の中に深くしみ込んでおり、そして個々の会計または報告手続きを支持または反対する理由として幅広く利用されているだけでなく、概して曖昧で、非常に主観的で、感情/情緒を背負っている(感情/情緒的である)ことにも気づいた(47-66ページ)。そのような表現は困難な会計問題を現実に解決するときにごく僅かの助けにしかならないことが判明してきた。
実現不可能であった代替的な会計手法の数の削減
許容できる代替案の数を減らすことにより会計を改善することを目指す協会の努力はおそらく、いくつかの”劣った/不十分な”実務を選択することにより会計をまさによりよくした。
会計原則の構築、および実務で従われている原則における相違領域を狭めることに対する進歩が本当にほとんどなされてこなかったと考えるように思われる人がいる。
今世紀最初の25年の間実践されていたとおりに、会計についての知識をもち、かつ会計が現在どのように実践されているかの知識をもつ人が、この技術に起こった途方もなく大きな前進をどのようにすれば認識しないことができるかを私が知ることは困難である。
Sanders, Hatfield, およびMooreの「会計原則に関するステートメント」が受容したとして酷評された多くの会計実務は、ほぼ1950年までに姿を消した。しかし、そのような進歩のどれほどがARBによるものなのか、そして、どれほどが他の要因、たとえば、企業役員もしくは監査人の確かな専門的判断、またはいくつかのとてもひどい手続きに関するSECの拒絶によるものなのかははっきりしない。
皮肉なことに、最終的な成果は、このプロセスを乗り切った過剰な”優れた”実務であった。同様の取引に対する会計に関して認められた多量/過剰の代替案は、委員会が多くの代替的手続きを削減せよと指示したにもかかわらず、Rogersが自分の好きでない人に決して会わなかったのとまったく同様に、委員会が許容できると思わなかった会計原則にほとんど面と向かわなかったために、栄え続けた。
2つの要因が、認められた会計原則の数の増加に寄与した:(1)会計手続きに関する委員会が代替手続きの中から確固/断固たる選択をしなかった/できなかった;(2)委員会は、広範に用いられている手法を勧告することには抵抗していたにもかかわらず、その手法を非難することに明らかに躊躇した。たとえば、具体的問題に関する委員会の非常に初期の見解において−−借り換え社債に関する未償却ディスカウントおよび償還プレミアム{ARB第2号}−−委員会は3つの可能な手続きを検討し、そのうちの1つを否認し、2つを承認した。
委員会は明確な好みを有していた−−これまでの(古い)社債の残存償還期間にわたって原価を償却する方法を、損益計算書および貸借対照表の相対的重要さに関する妥当な会計思考と首尾一貫するものとして賞賛した。委員会は即時償却を、”さらにより重要である損益勘定における保守主義の欠如を犠牲にして達成されるならば、価値があいまいになる”貸借対照表の保守主義の遺物として非難した(ARB第2号、13ページ)。それにもかかわらず、後者の即時償却の手法は”会計理論および実務において、ならびに、それは許容不可能または劣ったものとして見なされるべきであると委員会が勧告するための裁判所およびSECの決定において特に大きな支持を獲得した。”(ARB第2号20ページ)
この解決策は”生きているものは生きさせる”という方針であることがわかった。この公報で達成された主なことは、いずれにしても広く用いられていなかった手法(新たに発行された証券の償還期間にわたっての償却)の除去であった。そして、この種の解決策は例外というより、公報の特質であった。
このような態度が時おり遂行された極端なケースが、協会の棚卸し資産に関する公報(ARB第29号)で例証されたが、これはすべての人を満足させようという古典的な例であった。委員会は、信頼できない基準棚卸法を除いて、ほとんど考え得るありとあらゆる棚卸資産の(評価)手続きを承認した。委員会はしたがって、棚卸資産の(評価)の領域における受容可能な代替的手続きの範囲を狭める機会をのがした...代わりに、個々の専門家には、選択された手法がもっとも明確に期間利益を反映するものであるべきだという、ぎょうぎょうしく、実用にならない訓戒が託された。
認められた代替的原則の増加はおそらく、開示ならびに具体的な原則に関する手続きの使用における首尾一貫性および原則間の首尾一貫性を擁護するアプローチに固有のものであった。
ARBによりカバーされた異論のある問題のほとんどはCAPの後継機関、APBを悩ますようにもなった。ケースバイケース、その場限り、または断片的なアプローチは、財務会計および報告の問題に対する永続的な解決をほとんど生じさせなかった。
会計原則審議会(1959-1973)
アメリカ会計士協会は、1957年6月に名称をアメリカ公認会計士協会に変更し、その年の10月、AICPAの新会長ジェニングスは、協会は再び会計原則の分野に取り組むことを提案した。会長の提案は、会計手続委員会が特に代替的な会計手続の数を減少させることができず、非難を浴びていた時期に出されたものであった。会員は増加し、会計原則に対し、委員会は場当たり的なアプローチは、少なくともできる限りなされたと認識し、委員会が努力を傾注せず、気乗りしなかったこと、すなわち会計原則の包括的なステートメントを体系化し、成文化するということに対して、緊急の要求を示した。
ジェニングスは会計の基礎的前提を再検討し、会計専門家を指導する権威のあるステートメントを形成する研究努力を更に要求した。1958年12月、彼は研究計画特別委員会およびその報告書、会計研究計画および関連活動の組織、及び運営について決定し、APBおよび会計研究調査部の組織に対し基礎を形作った。委員会は高い目標を設定した。それは以下の通りである。
財務会計の分野における協会の一般目的は、協会員等の指針となるために、一般に公正妥当と認められた会計原則を明文化すべきことである。これは現行実務の調査以上の意味がある。すなわち、適切な実務を決定し、実務上の差異及び首尾一貫性の欠如の範囲を狭めることに傾注していくことを意味する。これは、強制よりも説得によるべきである。しかしながら、協会は未解決及び議論の余地のある問題の判断に通じる明確な手段を講じうるし、そうすべきである。
1959年9月、APBは、会計原則についての責任および協会の会員資格または委員会の管理の承認の必要なしに、会計原則に関する公式見解を公表する権威を有する協会の上級専門委員会としての会計手続委員会にとって変わられた。審議会の18人の審議委員は、協会の会員であり、会計手続委員会の委員のように、CPAは審議会での報酬はなく、会計事務所、会社、および大学に在籍することになった。
APBはもともと、会計原則の最終的なステートメントが最後に達成される手段として考えられた、ウィート報告が後に、他のすべてが基づく会計理論の「壮大な計画」と呼んだものである。1958年に研究計画特別委員会の報告書は、APBの作業を導く
公準、原則、および手続の階層を概説した。
財務会計の広範な問題は、4つのレベルで考慮されるよう視覚化されるべきである。1つ目は公準、2つ目は原則、3つ目は手続または特定の状況で原則を適用するための他の指針、そして4つめは研究である。
公準は数は少なく、原則が拠り所とする基本的な前提である。それらは必ず、経済的および政治的環境ならびに産業界のあらゆる分野の考え方および慣習の様式に由来する。専門家は、原則の体系化および手続または特定の状況で原則を適用するための他の指針の形成に意味のある基礎を提供するために、それらの理解および解釈を明確にすべきである。
一連のかなり広範かつ同等な会計原則は、公準に基づき体系化されるべきである。想定されるステートメントは、範囲においてAAAの公表した会計および報告基準
に 関するステートメントと同様であるべきである。公準を伴った原則は、詳細な問題
を 解決する際に参考にするフレームワークとして、役立つ必要がある。
手続または特定の状況で原則を適用するための他の指針は、先に示した公準および原則との関連で、形成されるべきである。想定されるステートメントは、現行の会
計 研究公報を伴う題目に関して比較可能であるべきである。それらは適度の柔軟性を必要とする。十分な会計研究は、上記のすべてにおいて必要とされる。
研究計画特別委員会の報告は、APBがすぐに特定の状況に適用する手続または手
順より生じる概念的な背景を規定することに関わると考えた。APBは実務上の差異
および一貫性のない分野を狭めるための代替的な手続および手順間の選択に際して、公準および原則を利用した。
公準および原則
その規定に従い、新しい会計研究調査部では、会計研究叢書第1号「会計の基本的公準」が1961年にムーニッツにより、そして会計研究叢書第3号「企業の暫定的、広範な会計原則」が1962年にスプラウツとムーニッツによって公表された。会計研究叢書は、APBの出版物ではなく、会計原則に関する協会の公式見解を構成するものではなかった。会計研究の指導者、ムーニッツの威光の下で、それらは幅広い公開とコメントのために公表された。
「なぜ公準および原則が必要なのか?」という名の論文の中で、ムーニッツは公準および原則が、特定の手続に意味を与える以上に必要とされる統合化された構造を会計に与えるために必要であると説明した。それは「経験」に、なぜある手続は適切で他はそうでないのかを説明する際の「論理」から必要となる助けを提供する。統合化された構造は、会計に、権威あるものとして表明された原則と明らかに調和していない手続
を除くメカニズムを与えた。
会計研究叢書のもっとも重要な貢献は、公準および原則という用語の開発であり、特に公準は、ムーニッツが論文の中で説明した。
「公準」は、会計専門家が自分が住み活動している世界についての理解を示す、会計の基本的事項を表すために利用される。その事項は会計環境についての一般化であり、多かれ少なかれ、包括的な見解およびその環境の理解に基づいている。「原則」という用語は、公準より生じる基本的事項を表し、明確に会計問題に適用するために利用される。
公準として認められるために、事項は2つの条件を満たしていなければならない。すなわち、それは「自明の」必要があるということであり、普遍的に妥当であると受け入れられて
いる会計の機能の環境についての主張である。そしてそれは「会計のために有用であ
る」必要がある。すなわち、「存在する世界と関連し(推論され)、虚構の一部と関連しない」必要がある。ムーニッツはまた、自明は、ARS第1号に関するコメントをした人が考えていたように、当然のごとく同じではないことに言及した。彼が言及したARS第1号からの例は、主張を押し通していた。「生産された財およびサービスの多く
が、交換を通じて分配され、直接生産者によって消費されない」(公準A−2−交換)。
会計が財およびサービスの生産および分配と交換価格に関係するという根拠は、簡単な観察で理解できる。もしほとんどの交換が現金でなされることがさらに観察されるならば、会計が現金価格およびキャッシュフローに関係する根拠は、明らかである。ムーニッツが述べたように、「事項は会計にとって非常に有用なのものである」。
会計が機能し、報告する現実世界の環境の自明の事項を含む会計原則についての基準は、考え方における重要な変化を意味する。会計専門家の初期の主張、主に概念的な欠如におけるものであるとは、会計の慣習的な性質および損益計算書と貸借対照表の数値
を算定するためのその結果としての慣習的な手続、配分、意見、および判断の必要性を強調した。その主張は、会計原則に不安定かつ不確実な基準を与えた。
会計はしばしば性質が「慣習的」であり、その原則も「慣習」であると記述される。2つの用語、慣習および慣習的は、あいまいである。会計が慣習的であるという見解は、意図する意味によって正否両方になりうる。もしアラビア数字の使用、ドル記号の
使用、または資産、負債、収益および費用が財務諸表に記載される順序を指しているとするならば、他の記号および様式も、同一のメッセージを正確に伝えるために利用されるので、それは正しい。もし見解が、会計専門家が受け入れた事項が妥当なものであるという意味であるならば、それは正しくない。不自然な例として、保証のない損失を、例外なく「将来の事業活動に対する繰延資産」として臨時的に扱うことにより、「資産」に変換されることを考えてみる。この慣習は、損失を資産に仕立てるもの
ではない。ただ、会計専門家の承認を、損失をこうむった企業に関しての誤った主張に与え、会計専門家および会計を、何が生じたか理解した人々の目から見れば、不利な状況に追い込んだのである。
しかしながら、「慣習」としての会計原則についての主張は、それらが一般化し、大量のデータから推量し、そしてそれらが現実のままの記述を意図したものではない
という考えを伝えると想定される。「慣習」および「慣習的」は、明らかに妥当な記
述であるが、会計に独特のものではない。そのかわり会計は、この1つの観点におけ
る他のあらゆる分野の人間の努力の表れであるように思われる。その基本的な事項は、一般化または抽象化され、「現実」のあらゆる側面の詳細な記述ではない。
現実世界についての自明の事項であり、また会計に有用である公準は、会計原則および手続に確固たる基礎を与えるために必要であった−「スタートするプラットフォーム」、「よって立つところ」そして「よって立つところ」は、会計実務の実際の改善に必要であった。「会計専門家に同意されない「よって立つところ」は、過去と同様に、将来において不安定かつ不確実であり、中空で活動を継続することを意味する。」
2つの研究が公表されて以来30年以上にわたって、会計思考へのますますの価値ある貢献が認識され続けてきた。ARS第3号、1組の暫定的で広範な企業の会計原則の結論および勧告のいくつかは、棚卸資産および、工場そして設備の取替原価の利用、一般物価水準の変化の影響の会計のような、議論の余地のある部分が存在し、なお大部分が多くの会計専門家に承認されていない。対照的に、ARS第1号、会計の
基本的な公準の結論の多くは、前から会計文献の共通の見解となっている。例えば、
会計原則の基礎が、会計が機能する環境についての自明の事項に依存するという基本
的な考え方は、APBステートメント第4号、企業の財務諸表の根底にある基礎的な
概念および会計原則、に1970年に組み込まれた。1975年まで、その基本的な考え方は
、FASBの概念フレームワークの不可欠な部分となっていた。
しかしながら、ARS第3号が1962年に公表されたとき、各冊子はAPBのステートメント(後にAPBステートメント第1号になった)を、両方の研究についての判断を下しながら含んでいた、「審議会は、これらの研究が、会計の考え方に価値のある貢献をすると考えている一方で、それらがあまりにも現行の一般に公正妥当と認められる会計原則と根本的に異なりすぎていると考える。」
それはAPBの最高の時期ではなかった。たとえ現行実務の状況に関する一般的な不満がAPBの創造および研究に関する新たな主張であるとしても、審議会、および他の多くの者は、まるでその研究が現行実務に重要な変化を勧告したことによる驚きによって魅せられたかのように反応した。さらに、審議会が研究を検討する前に、広範な流布および公開そして興味のある読者からのコメントの受領という期待された過程に従った研究の検討をしないで、審議会は研究に関する偏見のないコメントを受ける機会をむだにし、まず反応を示した。その経験は、公準および原則に対する審議会のアプローチに、何年にもわたり悪影響を与えたように思われる。
その経験は、APBに基本的または「理論的」な研究が、会計問題の解決に役立つかもしれないという可能性に対して「幻滅させ」、または少なくとも懐疑的にならせた。審議会は研究計画特別委員会のそのような研究が、会計原則に関する公式見解の基礎として役
立つという期待を放棄したように思われる。とにかく、審議会は1965年まで、3月にARS第7号、一般に公正妥当と認められる棚卸資産の会計原則が、グラディ会計研究の第二の指導者によって形成された計画を承認したことを除いては、ほとんどあるいは全く会計公準および原則に関して活動を行わなかった。1965年に、審議会は基本的な問題に関する取り組みを一新した−公準および原則よりは基礎的な概念および原則と呼ばれたものである−APBの意見に関する特別委員会(セイドマン委員会
)によって、協会の運営する審議会への勧告に従うためであったが、ほとんどの審議会のメンバーは、その取り組みに熱心ではなかったように思われる。
1962年の夏、審議会が公準および原則の研究への騒ぎに関わらないことを期待していたときまで、協会の委員会が、会計原則に関する公式見解を公表してから、3年が過ぎていた。審議会は、ちょうど会計手続委員会がそうであったように、公準および原則から、特定の問題の解決の方へ注力するようになった。
APB、投資税額控除、及びセイドマン委員会
審議会が、1962年10月、連邦法人税法によって最初に制定され、投資税額控除の困難な会計処理の問題に取り組むことを決定した時、それは、偶然にも、有効性及び権威についての疑念を煽るシナリオを描くことになった。連邦法人税法によれば、企業が建物以外で市価が下落する恐れのある資産を取得した場合、法人税から7パーセントを控除するか、その資産が使用される年に法人税を支払いの猶予を受けることができるとしている。これに対し二つの会計処理を考えることができる。すなわち、税額控除額全額を資産が使用の用に供された年の所得から控除する方法である「一括控除法」であり、そして、税額控除額を取得資産の耐用年数に渡って、獲得される所得から控除する方法である「繰延方式」である。
審議会が一括控除法ではなく繰延方式を選択したことを示す、APBオピニオンNo.2「投資税額控除に関する会計処理」は1962年11月に公表された。一般にビック8と呼ばれる大きな会計事務所のうち幾つかの会社は、すぐさま、彼らの顧客がそのオピニオンを受け入れることを期待できないと言うことを審議会に知らせた。その両方の方法を設定したSECは、どちらを支持するかについて意見を表明することを避け、その両方が認められたかのような立場をとったため、事実上、審議会の立場を危うくした。15ヶ月後、審議会はAPBオピニオンNo.4(APBオピニオンNo.2の修正)「投資税額控除に関する会計処理」を公表し、再び、投資税額控除は繰延方式によって会計処理されるべきとの立場を明確に主張した。しかし、それは、APBオピニオンNo.2の権威に対しSECの行動が与える不可避の影響を認識することになった。
この審議会のオピニオンの権威は、一般受領性にある。APBオピニオンNo.2の公表以来の出来事やその後の進展をみると、審議会はオピニオンを有効にするために必要となる一般受領性の程度にまで、到達していないという結論を出している。
そのような状況において、審議会は税額控除をその年の連邦法人税から控除する方法も認められ、どちらの方法も採り得ると考えている(9-10段落)。
APBの権威はいつの間にかひどく害されていた。会計研究公報がそうであったように、APBオピニオンも一般に受け入れられるかどうか検査を受けなければならないのか、それともAPBがオピニオンを公表したということで、それが完全に一般に公正妥当と認められる会計基準を形成するかどうかという疑問があった。審議会はその問題を執行委員会及びAICPAの諮問会の判断に仰ぐことを票決した。
1964年5月、激しく長い論戦の末、諮問会は「AICPA会員による監査報告書において、APBオピニオンとの実質的な乖離を開示すべきとすることが当諮問会の趣旨とする。」という決議案を採用した。その決議案に従って、協会は、その決議を履行する方法を探索し、APBオピニオンの地位に関する問題全般、及び会計報告に対する会計原則及び会計実務の改善を調査するためにAPBオピニオンに対する特別委員会を発足させた。1964年10月、特別委員会は諮問会に対し最初の報告をなし、そして諮問会は、決議を採択し、協会会員に対し、「APBオピニオンとの乖離に関する開示について」と題する特別公報を送付した。AICPA会員は、たとえ監査人がその乖離は実質的に権威ある支持を受けていると結論づけたとしても、APBオピニオン(又はARBも効力がある)との実質的な乖離を財務諸表の注記及び監査報告書において開示すべきことを理解すべきである旨が明らかにされていた。そして、1.「一般に公正妥当と認められる会計原則」とは、実質的に権威ある支持を受けている原則であること、2.APBオピニオンは「実質的に権威ある支持」を構成していること、とする提案を採択したため、APBオピニオンは個別に一般受領性を有するかどうかという検査に依存しなくてよいことになった。
一般にこの特別委員会は、次の委員長であるJ・S・セイドマンにちなんでセイドマン委員会と呼ばれるが、1965年5月において諮問会に対して次の報告をなし、そしてその報告書では、独立会計士は、財務諸表が一般に公正妥当と認められる会計原則に準拠しているかどうかを確かめるという基本的な機能を果たすべきであるならば、一般に公正妥当と認められる会計基準を権威ある主体が証明することが本質的に重要であるということを繰り返し主張した。その提案1は以下の通りである。
できるだけ早期にAPBは以下の事柄をなすべきである。
(a)財務諸表の目的及び限界に関する見解を定めるべきである。
(b)会計原則を方向付ける基本概念を記述し、列挙すべきである。
(c)会計慣習及び手続が従うべき会計原則を明言すべきである。
(d)監査報告書にある「適正」及び「一般に公正妥当と認められる会計原則」という表現の定義をなすこと。
(f)「実質的な権威ある支持」、「概念」、「原則」、「実務」、「手続」、「資産」、「負債」、「収益」、及び「重要性」といった会計専門家の使用する専門用語を定義すること。
特別委員会の研究要項として知られる委員会の提案は、APBはその任期中に上記の任務を完遂し、それから審議会が免れることはできないと期待している。すなわち、「この計画予定では、現在の問題に対して注意を払うことが指示されるために困難にぶつかり、それを無視することはできない。」ということである。
しかし、会計に関する実質的な概念的基礎の必要性ももはや無視することはできなかった。
基本概念及び基本原則は定式化され、公表されるまで監査によって確かめられる前提としての公式の基準はないという事実はそのまま存続する。特定の問題の処理に対する合理性及び首尾一貫性を判断する恒久的な基礎も与えられていない。しかし、論争及び混乱の元凶は与えられているのである。
会計は他の専門領域と同様に、人文科学の専門用語を用いる。会計は公表することがあるため、文学上の辞書の意味とはっきり区別された専門用語の意味は公に対して明確に説明されなければならない。
たとえば、「一般に公正妥当と認められる会計原則」という表現が意味することは?「一般に」とはどうやって測定されるか?「会計原則」とは何か?それはどこに書かれているか?それから誰が?
「認められる」こととは、普遍的であること又は正しいことを会計専門家が目指しているということなのか?おそらく、それは相違があるだろう。特別委員会の研究要項は、「一般に公正妥当と認められる会計原則とは、現行の会計慣行の概観以上の意味がある」としている。
では、改めて「認められる」とは誰に認められるのであろうか?財務諸表の作成者か、会計専門家か、もしくは利用者か?
会計専門家は、一般に公正妥当と認められる会計基準とは、「実質的に権威ある支持」を受けたものであると主張している。その表現の意味は何であろうか?「実質的に」、「権威ある」という言葉を適用するのにどのような尺度があるのであろうか?誰かがどこかで言った単なる宣言を、基準となるのを防ぐ指針は何であろうか?
会計上の他の多くの表現は、公に対して説明と明晰さが必要とされる。それには、「概念」、「原則」、「実務」、「手続」、「資産」、「負債」、「収益」、及び「重要性」といった用語が含まれる。
会計専門家がそれらの問題を満足に処理しないかぎり、明確なコミュニケーションが必要とされる領域において、ひどいコミュニケーション上の失敗が続くことになるだろう。
APBステートメントNo.4
1970年10月に公表されたAPBステートメントNo.4「企業の財務諸表の基礎となる基本概念及び会計原則」は、セイドマン委員会の提案に応えたものであった。セイドマン委員会の質問に対する最終的な回答であるかもしくは、会計上の基本概念及び基本原則を期待した者にとって、APBステートメントNo.4は失望するものであった。審議会は、セイドマン委員会の提案に対して、不承不承ではあるが基本的には従うことを示した。
APBステートメントNo.4における一般に公正妥当と認められる会計原則の定義、その性質及びそれがどのように承認されたかに関する記述は、ステートメントを特徴づける慎重な言葉で言い表されているにせよ、協会が30年以上も主張し続けたことを単に反復したものであった。
一般に公正妥当と認められる会計基準はある特定の時代の同意(財務諸表上認識されるべき項目、それを認識すべき時点、それをどのように測定するか、どのように表示すべきか、そして、どのような財務諸表が提供されるべきか)を織り込んだものである。
一般に公正妥当と認められる会計基準は、ある特定時点において一般に承認された会計実務を定義するのに必要となり、一般的な適用に関する指針のみならず、詳細な実務及び手続も含んだ、慣習、規則、手続が含まれている。
一般に公正妥当と認められる会計基準は、慣習である。すなわち、一般に承認されるようになったのは、ある前提条件又は基本的な概念から正式に導き出されたというよりも、合意(しばしば暗黙の了解)によっているということである。会計原則は、経験、道理、習慣、慣行、及び大部分は必要性を基礎として発展したものであった。
一般に公正妥当と認められる会計基準は、経験の蒸留として、そして基本的には現行の会計実務を観察することにより原則と認められたの慣習、規則、手続、詳細な実務の混合物であった。
APBステートメントNo.4の3-5章にある基本的概念は、いろいろなものが混ざっていた。一方で、資産、負債及び他の「財務会計の基本的要素」の定義は、このステートメントに一般的に積極的な評論をしたジョージ・J・スタウバスが「定義の混乱」と呼ぶような代物であった。すなわち、定義全てにおいて欠陥があった。なぜならば、資産(又は負債)の唯一の明確な特徴は、それが「一般に公正妥当と認められる会計基準に準拠する」ということであり、他の定義は、資産及び負債の定義に依存しているからである。
他方、基本概念も新しい考え方(少なくとも協会はそう公表していたが)及び規範的な主張を含み、少なくともある種の概念は、今現在ある姿ではなく、将来財務会計があるべき姿を目指していた。以下はその例である。
・財務会計の基本的な目的は、所有者、債権者、他の利害関係者が経済的意思決定をする際に有用な情報を提供することである(40及び73段落)。
・財務会計は、できる限り企業における経済活動の性質によって具体化される(42段落)。
・企業の資源、法的義務、及び残余権益を変化させる取引及び他の事象は、外貨取引、抽象的な片務移転、及び企業の外部事象と製造及び内部事象を含む(62段落)。
・目的適合性、理解可能性、検証可能性、中立性、適時性、比較可能性、及び完全性といったある種の質及び特徴は、財務情報の有用性を高める(23段落及び87-105段落)。
・可能な限り企業間比較を有益にするため、「企業の財務諸表間の相違は、単に財務会計の慣習や手続における相違によるわけではなく、取引の性質や企業自体の基本的な相違から生ずるべきである。」(101段落)
財務諸表の目的に関するトゥルーブラッド研究会の報告書及びFASBの概念フレームワークに詳しい者であれば、上記のものが後年、トゥルーブラッド研究会の報告書及びFASBの概念フレームワークのうち一つ又は双方において出現した考え方やそれに類似の概念であったと分かるであろう。
それにも関わらず、APBステートメントNo.4は、その基本概念の記述においても、単に現在や過去しか関心が向いていないということが強調されるけれども、それには、新しく、規範的であり、先見性のある内容が含まれていたが、それは事実上、無視された。審議会は、現行の組織の審議を受けていないことを断固主張し、そして明らかにそれが新しい条件を破壊するということを容認することを明らかに嫌がっていた。
ステートメントは、基本的に現行制度の記述であり、規範性を伴うものではない。そして、ステートメントは殆どの部分は既に認められている概念についてこれを認め、体系化するものである。ステートメントは基本的に明確な二つの部分からなる。すなわち、(a)3章から5章における、環境、目的、及び財務会計の基本的特徴の部分であり、(b)6章から8章における、現行の一般に認められた会計原則の部分である。現行の一般に認められた会計原則の部分は、形式上環境、目的、及び財務会計の基本的特徴の部分から導きだされていない。検討のために選択された環境の部分は、財務会計の過程に直接影響するように見えるものである。検討されている財務会計及び財務諸表の目的は、「現行制度を対象とした」目的である(強調は後で加えた)。記述された会計原則は、審議会がそう信じているものであり、今日一般に認められているものである。「審議会は、審議会のオピニオンにおいて正式に採用された会計原則を除き、現行の一般に認められた会計原則を評価するものでも、承認するものでもない。このステートメントの公表は、オピニオンにおいて取り扱われていない部分についての、会計原則審議会による提案を構成するものではない。」(強調は原文通り)(3ー4段落)。
このステートメントにある基本概念の期待された貢献は、当時は一般に曖昧であったが、将来において期待された。
そのステートメントは、財務会計の首尾一貫した包括的構造の発展、そして、より有用な財務情報の発展の第一歩である。そのステートメントは、それらの問題に対してなんらの解決策も出さず、一般に公正妥当な会計基準がどうあるべきかについてなんらの指示も出そうとはしないけれども、問題を財務会計によって解決しうるかもしれないであろう、あるフレームワークを提供することを意図している。現行会計原則の評価、及び好ましいであろう会計基準の変更の決定は、将来の審議会の発表に任せられる(6段落)。
それらのパラグラフは、審議会が故意にその努力を見くびるか、それともそれに対する期待が低いかのように、ステートメント中、最も称賛するに足る部分が不当に縮小されているように見える。APBステートメントNo.4が会計は如何にあるべきかという輪郭を描き、そして構築すべき積極的ステップを提案する基礎を置いたということを強調する代わりに、審議会は、ステートメントを基本的に現行制度の記述であり、現行の会計を記述した余り重要でないものの範疇に入れるように、その性格づけをする方向を選択した。
しかし、その時点ですでに、会計基準の観点にもはや満足しない内外の非常に多くの会計専門家が存在していた。経験の蒸留としての会計原則は、その経験までの範囲、及び以前経験した地点までしか役に立つことができないものであった。15-20年間に渡り、経験の蒸留としての会計原則は、それが解決してきたよりももっと多くの問題を作り出すことになり、会計原則に関心を持つ人や、会計原則は、慣習又は手続よりも、より物事を高度に秩序づけるために定義されるべきであると確信する人が増加した。この分野に関するAPBの業績に対する不満は高まり、そいて、審議会に将来の方向性の基礎として、「財務諸表の目的」を公表すべしとする圧力が高まった。
APBの終焉
長期与信による不動産売買の価格を過大にする問題、非貨幣的取引に関する会計、企業のセグメントを売却した影響に関する報告のような主たる会計原則からは表面上離れたように見えるプロジェクトに関するオピニオンを公表し、実務において直面する今日的で、特定の問題に直面するため、SEC等から絶えず圧力を受けていた。
SECの特定の実務問題を取り扱うことについての催促、及び、持分プーリング法の使用に関する一般的な批判により、APBとその審議委員は、もっと議論の多いテーマに対してオピニオン、すなわち、アーサー・R・ワイアットによるARS No.5「企業結合に関する会計の重要な研究」とジョージ・R・キャトレットとノーマン・O・オルソンによるARS
No.10「暖簾に関する会計」というARDが完成させた二つの関連する会計研究叢書がある、企業結合に関する会計、を公表する努力を傾注することになった。審議会は、会計上の前提及び会計原則、又は他の概念的基礎の欠如に必死で取り組み、そしてできる限り問題を分析しようとしたが、暗礁に乗り上げてしまうことになった。審議会は、企業結合会計上、パーチェス法と持分プーリング法のいずれを採用すればよいか、又、暖簾をいかにして資産として扱い、もし資産とした場合、それを償却するかどうかという選択の問題について3分の2の多数の賛成を得る解決策を見つけることはできなかった。そればかりではなく、APBが仮にオピニオンを公表できない場合は、SEC自らが基準を公表することが明らかであったため、APBはオピニオンを出さざるを得なかった。
1970年、APBは、その経験により二つのオピニオンを公表することになった。それは、APBオピニオンNo.16「企業結合」、APBオピニオンNo.17「無形固定資産」であったが、APBはより激しい批判を浴び、審議会に対する法的措置におびえることになった。ステファン・A・ゼフは、「APBオピニオンNo.16、No.17-ベスビオス火山の噴火」と名付けた項で、審議会は、「なんとか妥協を勝ち得る方法」でも「圧力鍋」の方法でも誰もを納得させることはできないと記述している。これらの二つのオピニオンは、恐らく他の要因よりもずっと、会計原則を形成する手続の包括的な調査を引き受ける活動に対して義務を負うことが大きいように見えた。
1971年1月、AICPA会長マーシャル・S・アームストロングは、協会はどのように会計原則を構築する過程を改善すればよいかということについて、会議を招集し、財務報告の改善の方法を探るために二つの研究会が任命された。フランシス・M・ホゥイートを議長とする研究会は、「APBの機構及び活動を検証すること、及びより早く結果を出すために必要となる改革を見出すこと」の為に結成された。ホゥイート研究会は、基本的に会計原則を設定すべきプロセスや方法について関わっていた。ロバート・M・トゥルーブラッドを議長とする、会計目的研究会は、財務諸表の目的及びそれらの目的を達成するための技術的な問題について調査するために結成された。
APBの在任期間は、明らかではないが、恐らく1971年までは続いており、審議会はこの仕事を続けていた。審議会は、ホゥイートがやがてAPBの代わりとなる機構を発展させはじめた後も、31のオピニオンのうちほぼ半数を公表した。
APBは、APBオピニオンNo.16、No.17等に対する批判を受け、そのうちのあるものはほんの部分的な解決しか提示しておらず、将来において修正が必要であるとされたが、全体を考慮してみると、そのオピニオンは首尾上々であった。幾つかの問題ある領域では、APBは、取引完了時に受け取った代金を繰り延べるという当時の最も悪い慣行を殆ど全部、もしくは大部分を改善することに成功した。すなわち、「適切な実務を決定し、実務における相違及び矛盾ある領域を小さくする」ということである。APBオピニオンNo.9「経営成績の報告」、APBオピニオンNo.18「普通株投資に対する持分法の会計処理について」及びAPBオピニオンNo.20「会計上の諸変更」は、長年の論争を生んだ。各社はそれまでの方法でディスクロージャーを行っており、そのため1972年、APBオピニオンNo.22「会計方針の開示」は、1932年、法人会計の監査における一つの重要な提案の履行を求めた。APBオピニオンNo.5「リースの財務諸表上の開示について」、APBオピニオンNo.8「年金制度上の年金費用に関する会計処理」、APBオピニオンNo.11「法人税に関する会計処理」、APBオピニオンNo.16「企業結合」、APBオピニオンNo.17「無形固定資産」、APBオピニオンNo.21「手形債権債務の利息」、及びAPBオピニオンNo.26「社債の早期償還」といった最も論争を呼んだオピニオンは、人々を仰天させ、しばしば激しい抵抗にあうことになったが、会計専門家達はこれらを我慢して受け入れた。そして、後年、FASBはそのうちいくつかを変更する提案をなし、抵抗にあうことになった。
1972年3月、ホゥイート研究会は、その報告「財務会計の基準の設定」において、APBの問題の多くは、致命的な欠点であると結論づけた。APBは、その独立性、審議委員がもっぱら直面する重要な問題に専心するためには非常勤では不可能であること、及び多数の反対の観点との妥協により、公表された意見において首尾一貫性と論理性に欠くことに関する疑念が重なることによって、権威が弱められることになった。ホゥイート研究会の結論は、これらの欠点を直すことを志向しており、そしてそれは、その意見書において新しい組織を作ることを要求するものであった。
ホゥイート研究会は報告書において、主たる任務は財務会計基準審議会の審議委員を任命すること、及び活動資金を調達することである受託者としての立場である、財務会計財団の創設を提案した。
審議会は、給料が支払われ、審議会専任であり、審議委員として在任中は会社関係による妨害はなく、その中のある者は会計士でなければならないことはない、7人のメンバーから成ることになっていた。ホゥイート研究会は、会計「原則」審議会というよりも会計「基準」審議会とすることを勧告した。それは以下のような理由である。
(「原則」という用語を名前とし、際立っていたにも関わらず)APBは、その経歴を通じて、通常の意味(基本的かつ基礎的であって、表現しうる言葉はほとんどないたぐいのものであり、比較すると本質的に時代を超越しており、投資家のニーズの進展や企業の移り変わりに依存しないという意味を含んでいる)では「会計原則」とは殆ど関係がないテーマについてオピニオンを公表するというように見える。
会計基準とは、権威又は一般的な承認によって形成された品質、量、程度、水準などを判断するための指示案内のためのパターン又はモデル、もしくは比較のための基礎であり、APBが行った事柄及びFASBが作成することを期待されている大部分のことにとって、原則よりもより記述的であるものである。
APBの最終的な状態に対し、ホゥイート研究会は、大衆受けする説明に終始することになりさがってしまったと診断したが、その診断はホゥイート研究会のみにはとどまらなかった。APB最後の年の審議委員であって、FASB初期の審議委員でもある、オスカー・S・ゲレインは、鋭い分析をなしている。
APBの問題と関連する諸条件は、しばしば地位や専業によって行われるべきなのに非常勤であることなどの利害の争いであると認識されていた。回想するならば、それらの問題は、議論の水準を底上げし、公表される会計基準に対し、首尾一貫性を十分に保証する基本的概念の構造の欠如という問題よりは重要ではなかった。APBは繰り返し基本原理について議論した。基本原理についての議論は、APBの任期終了におけるプロジェクトにおいても、初期のプロジェクトに関するのと同じように行われた。しかし、資産、負債、収益、費用といった最も需要な基本概念は決して定義されることはなかったし、APBの公式見解から定義を推測することもできなかった。
会計手続委員会の「火の粉を払いのける」という、その方法自身には最も直接的に貢献するものであったが、結局、そのために活動停止となったアプローチに追随し、審議会は、会計原則の基礎として基本的な原理を発展させる不可避の必要性をずっと拒否し続けた。APBは、事実上、審議会は必要となった問題に対し、問題ごとの解決策をとるという方法で会計実務における相違のある領域を狭めるとして脇に押しやっていた概念的な側面において、同意を得ることは決してできなかった。会計研究叢書における前提条件、会計原則及びAPBステートメントNo.4によって、FASB及び財務諸表の目的に関する研究会の十分な研究成果となる概念的な貢献をなしているのにも関わらず、APBは、断固として、その業績を認めようとするどころか、その貢献の存在すら認めなかった。それゆえ、APBの末期になっても、財務会計には基本的原則に関するステートメントはなく、その欠如によって、FASBが、殆ど自ら率先して基本概念を作るまで、会計専門家達は苦しむことになった。
FASBにおける資産、負債の定義について
1973年1月、コネチカット州スタンフォードにおいて、初代議長マーシャル・S・アームストロングと少数のスタッフのもと、AICPAとは別個独立したFASBが発足した。その後半年の間に6人の審議委員と補充スタッフが加わり、半年後、APBから業務を承継した時点において、FASBは十分な活動を開始するまでになった。
一方、審議会は、APBオピニオンを背反したディスクロージャーに関し、1964年、はじめて議会で採択された違法規定を含んだ新203規定において、専門家の倫理規定が承認された。
議会によって権限を与えられた会計原則の設定主体により公表された会計原則から、わずかでも乖離する内容を含む意見書であるならば、FASBの審議委員は、財務会計のステートメントが一般に公正妥当と認められる会計基準に準拠しているという意見を述べないであろう。
議会は、1973年5月における会合において、203規定に基づく会計基準設定主体としてのFASBの任命を行った。APBは、第30号及び第31号の二つのオピニオンを公表した後、1973年7月30日、その幕を閉じた。
その年末、SECは、連続会計通牒第150号「会計原則及び会計基準の設定及び改訂に関する方針について」において、ASR 4 において35年前に公表された方針を再確認し、委員会はFASBのステートメント及びその解釈を実質的な権威による支持があるものとして、そして矛盾するステートメントについてはその支持がないものとして認める旨を公表した。
1973年4月初旬、最初にFASBは、「財務報告における広範囲の質的基準について」と呼ばれる計画を含む、7つの計画予定を設定した。審議会は、トゥルーブラッド研究会の報告を継承するためにその計画に着手した。すなわち、
審議会が特定の基準を設定し、他の主体がその基準を適用するにつれて、ある場面における、もっとも適切な会計報告の選択についてのガイドラインの必要性が生まれるであろう。そして、トゥルーブラッドを委員長とするAICPA特別委員会の、財務諸表の目的に関する研究報告が、この計画を進めるにあたって、重要な資料となるであろう。
FASBは、1973年10月、トゥルーブラッド研究会による研究報告「財務諸表の目的」を受領した。そして、研究報告は以下のように結論づけている。
会計はそれ自体が目的ではない。会計にとって正しいことは、単に、利用者に対して如何に良く会計情報が役立ちうるか、ということに見出だすことができる。それ故、研究会は、他の論者の主張する「財務諸表の基本的な目的は、経済的意思決定に資する情報を提供することである」という結論と一致するものである(61頁)。
報告書に記載されている他の11の目的は更に明確であった。例えば、第二の目的によれば、財務諸表の目的とは、「権限が限定されているか、能力に限界があるか、もしくは情報を獲得する源泉に限定がある者、及び企業の経済的活動に関する主たる情報源として財務諸表に依存している者」に対する情報の必要性を満たすためであると考えるか、もしくは、現在及び潜在的株主並びに債権者に対して、投資又は貸付に適当かどうか評価することに関する意思決定に資する情報を提供すること、と同一であるとみなした(62頁)。更に、情報が利用者のニーズを満たすために保有すべき情報である、7つの「報告における質的特徴」の一群を含んでいた(57頁)。
その直後、FASBは、「財務報告における広範囲の質的基準について」における対象範囲が拡大してきている事を公表した。なぜならば、
会計基準審議会のメンバーは、計画において、目的、質的特徴、及び会計情報の利用者の情報ニーズを含む、財務会計及び財務報告の完全な概念フレームワークを取り扱うべきであると考えているからである。
また、審議会は「会計処理及び報告に関する概念フレームワーク」という表題を初めて使用した。
資産か、それとも負債か?
一方、新審議会では、他の二つの最初のプロジェクトにおいて、何が資産負債を構成し、何が資産負債を構成しないか、という重要な問題が持ち上がっていた。FASBの最初の計画予定表には、APBから受け継いだ幾つかの未完了のプロジェクトも含まれていた。その一つは、最終的にFASBステートメントNo.2”研究開発費の会計処理(1974年10月)”及びFASBステートメントNo.7”開発前の企業における会計処理及び報告(1975年7月)”としてまとめられることになる研究開発費及びこれに類する費用に関する会計処理であり、またもう一方は、最終的にFASBステートメントNo.5”偶発事象の会計(1975年3月)”としてとりまとめられることとなる、将来損失の発生に関する会計である。これらのプロジェクトにおいて提起された重要な問題点は、研究開発、創業時、再配置、およびこれらに類似の支出は、資産となるのかどうか?”内部留保””海外業務の収用に対する準備金”及びこれに類する項目は、負債を構成するのか、それとも資産の減少を構成するのか?ということであった。
審議会は、ごく自然に、権威ある会計上の公表文書で使用され、適切な定義であるAPBステートメントNo.4上の資産・負債の定義を採用していた。しかし、その定義は、FASBが取り組んでいるプロジェクトにおいて提起された主要な問題を解決するため、もしくは、審議会がその二つのプロジェクトの問題をどのように解決するかということに誰か他の者が参加する上では、役に立たないものであると判明した。
審議会は、それらのプロジェクトの問題を解決するために有効な資産・負債の定義を探さなければならず、そして、審議会のメンバーは、権威ある公表文書における大きな隔たりを埋めるためには、概念フレームワーク計画を優先的に行うことによって、資産・負債及び他の財務諸表の構成要素の定義を与えなければならないということを学ぶことになった。
APBステートメントNo.4上の資産・負債の定義が役に立たないということが判明したという理由が基底となって、FASBにおいて概念フレームワーク計画が開始されることになった。疑問の多い繰延費用及び繰延収益の急増、一般に広く浸透している思考である「期間損益計算を歪めないように完全な費用収益の対応」、そして「資産は費用となる」及び「原価は資産より生ずる」という広く使われる表現のように、これら関連するテーマは、なぜ審議会のメンバーが概念フレームワークの作成を主導的に進めようとしたのかということだけでなく、なぜ審議会が基本概念を採用したのかということを知る手がかりとなる。
ロバート・T・スプロースは、実際、資産又は負債であるかどうか十分に考慮されることなく、ある特定の繰延費用及び繰延収益が、機械的に貸借対照表上の資産及び負債として記載されていることを表現するために、「これはどのような項目であるといえるか」という専門用語を用いた。そして、「完全な対応」、「期間損益計算を歪めない」及び「資産は費用となる」といった1930年代及び1940年代に始まり、アメリカの会計実務におけるアメリカ会計学会の影響を記述するときに注目されるように1950年代、1960年代及び1970年代にかけて普及したこれらの表現のように、それは広く使われるようになった。
資産、負債及び「これはどのような項目であるといえるか」
APBステートメントNo.4上の資産・負債の定義の序論において、「例えば、資産、負債という財務会計の基本要素は、経済的資源や経済的負担と関連する(130段落目)」と記載されているが、これは、このステートメントにおける経済的資源および経済的負担の議論が、資産及び負債の定義の基礎を与えていることを示唆している。そして、このステートメントでは、会計専門家及びそれ以外の者双方にとって、経済的資源及び経済的負担が、一般的に資産及び負債であると理解している項目もしくはこれと類似する項目であると理解できる方法によって定義している。
経済的資源とは、経済的活動を継続するために利用される稀少資源である。企業にとって経済的資源とは、1 生産資源・・企業が製品を製造するために使われる手段、2 製品、3 貨幣、4 貨幣を受け取る権利、5 他の企業の所有持分である。
いかなる時点においても企業にとって経済的負担となるものは、現在発生している経済的資源を引き渡す義務、又は将来において他の企業に用役を提供する義務であり、経済的負担とは、1 支払義務、2 財貨又は用役を提供する義務である(57段落目及び58段落目)。
更に、132段落目の資産及び負債の定義を並列的に行っている文章から、資産を経済的資源と、そして負債を経済的負担と同一視していることが分かる。
一般に公正妥当と認められる会計基準に準拠し認識・測定される資産(又は負債)は、企業の経済的(資源又は負担)であり、、、
その定義の次の文章では、資産とも負債とも呼ぶことができるような項目を含めてしまっているため、資産と経済的資源、及び負債と経済的負担が同一であるという関係を否定する文脈となっている。
資産(又は負債)は、(資源又は負担)ではないが、一般に公正妥当と認められる会計基準に準拠し認識・測定される特定の繰延(費用又は収益)も含む。
この定義は、事実上何も定義していないのと同じである。すなわち、資産とは一般に公正妥当と認められる会計基準に準拠し認識・測定されるどのような(経済的資源等の)項目でもよいことになり、負債とは一般に公正妥当と認められる会計基準に準拠し認識・測定されるどのような(経済的負担等の)項目と同じとなる。また、この定義は循環論法になってしまっている。つまり、FASBが一般に公正妥当と認められる会計基準の設定主体であることから、もしFASBが認めるなら、研究開発費が資産であり、内部留保が負債であるということになってしまう。
そればかりでなく、APBステートメントNo.4上の資産・負債の定義は、実は、会計実務において資産及び負債として認識されている項目を記述したものであった。しかし、なぜ、ほとんどの人々が資産及び負債として理解するであろう本質的特性を備えていない項目、すなわち消費、生産、又は貯蓄など経済的活動において稀少資源でないもの、もしくは支払義務、又は財貨・用役の引き渡し義務のないものを、貸借対照表上において資産及び負債として記載しなければならないのであろうか?
期間損益計算を歪めない完全な費用収益の対応
審議会は二つのプロジェクト及び公聴のため討議資料を出版した。討議資料とは、審議会としての結論を下してはいないものの、特定の問題に対する解決策又は手続に関する議論、及び問題点を記載したものである。公聴手続において、討議資料に対しコメントを寄せた者は、自分なりの問題点の分析を説明し、明確にすることができた。そして、審議会の委員は、寄せられたコメントのある論点を追求するため、もしくは、討議資料によって提起された問題点に対する回答者の回答及びその基礎をなす理由づけを理解するために、回答者に質問することができた。
審議会は、寄せられたコメント及び多くの人々からの公聴から、「完全な」費用収益の対応、及びこれにより「期間損益計算を歪めることがない」ように、研究開発費を資産化する、及び償却する、もしくは内部留保を計上するというということよりも、何が資産及び負債を構成するのか、ということの方がより興味を集めていないことが分かった。多くの回答者は、「完全な」費用収益の対応計算をするためには、研究開発費及びこれに類似する費用は、資産化するか、その利用期間に応じて償却することが求められると主張している。同様に、「完全な」費用収益の対応計算をするためにはその会計期間に企業が火災、地震、大風または他の原因による損害を受けようが受けまいが、内部留保及びこれに類似する費用は、計上するか、もしくは各期に負担させることが要求されると主張している。審議会が完全な費用収益の対応を要請しない限り、多くの回答者が主張するように、企業の期間損益は歪められることになるであろう。
審議会の委員は、「完全な」費用収益の対応、及び「期間損益計算を歪めることがない」ということによって回答者が意味づけていることを明確にするのではなく、何がその項目にあたるのかという問題が明らかに急増している理由を詳細に説明しようとする試みについて、大きな挫折感を感じていた。次の4つの文章は、研究開発費及びこれに類似する費用、並びに偶発事象に対する会計に関して、公聴会で審議会の委員が尋ねた内容の要約である。以下の文章のうち二つは独立しており、他の二つは仮に質問に対する答えがあった場合に理解しうるものである。
1 質問
言い換えると、あなたは利益の測定を重視しますか?貸借対照表には関心がありませんか?
2 答
はい。私はそれが重要な点だと思います。
2 将来の損失の発生に関する多くの議論は、企業がその将来損失に対して法的義務を負うか否かということに焦点が当てられています。しかし、利益に与える影響が優先されるべきです。特定の損失等に備える目的で計上された準備金による貸方項目の発生は、本来の意味で法的義務ではありませんが、それはオフバランスとすべきではない項目です。APBオピニオン11において、貸方項目が法的義務ではないということにおいて全ての人が賛同するとしても、貸借対照表において繰延税金負債を認識することが記載されています。そのような場合において、損益計算書を重視することが重要であると考えられ、準備金に対する会計においても同様の考え方が勝っているべきです。
3 資産の定義は、実際上、研究開発費及びこれに類する支出に関する会計の問題を解決しません。仮に、資産の定義を満たさない項目がその期の支出に含まれていたとするならば、その期の収益と関連しないために、期間損益計算を歪めてしまうかもしれません。また、その項目が帰属すべき、より正しい期間の損益に関連しないために、他の期間の純利益を歪めてしまうかも知れません。審議会は、それらの費用が資産であるかどうかということではなく、そして純利益の決定において繰延が与える影響に審議を集中しうる、支出の繰延の方法に議論の焦点を合わせるべきです。
4 質問
あなたの資産化の規準として、実質的に損益を歪めないということがあります。実質的に損益を歪めないことに関して、提案すべき指針はございますか?
答
この件に関して専門家は長年に渡って問題を解決しようとしていますが、未だ成功していません。実のところ、私にもよい答えは分かりません。
質問
では、実質的な損益の歪みに関する規準は、審議会が取り組むことができる有益な規準ですか?
答
はい。そうだと思います。困難ですが、その規準に取り組むことは必要であると考えます。これは、専門的な判断を要する事項です。
審議会の委員は、このように説明されるこの種の答えに対して満足しているわけではない。
FASBのメンバーは、「期間損益の歪みを防止する」や、「より完全な費用収益の対応」といった曖昧な概念に対して論及しても、財務会計の論点の分析及び解決のための適切な基準にもならなければ、FASBの構成員と他者がコミュニケーションをとる効果的な手段ともなり得ないという結論を早くから打ち出していた。
多くの回答は実際曖昧であり、完全な費用収益の対応や期間損益計算を歪めないことということが一般に広まっていることがすぐに明らかになってきた。回答者は本質的に、完全な費用収益の対応や期間損益計算を歪めないことの意味を具体的に説明することが難しいとは思っているけれども、少なくとも彼らはそれを知っており、個々の場合において期間損益計算を歪めないことを保証するには専門的判断を用いる事ができるということを主張していた。公聴会や寄せられた回答に記述された考え方や慣習は、個々の判断において期間損益計算の方を主としているように見え、財務諸表間の比較可能性に対してなんの基準も与えていなかった。審議会の委員にとって、資産又は負債としての貸借対照表能力を認めることができない項目を貸借対照表に記載する事に関する議論は、期間損益の平準化そして、純利益の変動の幅を減少させるための正当化にすぎないと思われた。
このような経験を経て、審議会の委員は幅広い概念フレームワークに対する関与を強めていった。最初は、財務諸表の目的及び質的特徴(トゥルーブラッド報告書)、そして財務諸表の構成要素及び認識、測定、表示の概念の定義を定めることであった。
期間損益の歪みを防止すること、より完全な費用収益の対応、及び収容項目が不明な項目
財務諸表上、収容項目が不明であるものが増加し、「期間損益の歪みを防止すること」及び「より完全な費用収益の対応」といった明らかに一般に広く受け入れられていた最も重要な会計上の概念は、財務会計が対象にすると考えれられる経済的事実及び事象があるのにも関わらず、会計処理及び手続を重視する40年前の会計専門家の遺産にすぎなかった。期間損益を決定するために費用収益の対応を図ることこそ財務会計の主たる機能となり、費用収益対応手続によって当期の収益に対応しなかった項目は何でも(ほとんどが未費消原価及び前受収益である)その残余項目が借方であるか貸方であるかに従って、資産又は負債として将来の期に繰り延べられた。
ペイトン・リトルトンによるAAAモノグラフ「企業会計基準序説(1940年)」は、「費用収益の対応」という用語を一般に広め、以前から不足していた理論的な基礎を(既に28-30頁において要約しているように)当時の実務に与えた。費用収益の対応や期間損益の歪みの防止を重視する思考の起源はさらに昔からあるのである。例えば、その基本的な理論的根拠は、財務会計において最も重要な機能は、期間損益を決定するためであり、財務諸表の役割は、資産及び負債の価値を表すことではなく、既に支払及び受領が完了しているが、将来期間の純利益の決定に必要となる原価及び貸方項目を将来の期に繰り延べる機能しか有しておらず、そしてそれは、証券取引所の協力を得た協会の特別報告書の中にも現れている。
おそらく、今日の聡明な投資家は、利益獲得能力こそ企業を評価する上で最も重要な要素であり、そして損益計算が貸借対照表よりもより重要であるとよく認識している。この点において、年度間の貸借対照表の変動は、通常貸借対照表それ自体よりもより重要である。主として、意識的又は無意識的に、以上の主張を承認し、これを基礎とし会計慣行は成熟化してきた。
会計慣行によれば、会計の第一の目的は、年度の利益額算定のために、借方又は貸方であるかを確定することであり、仮に原価を下回るならば、投資家は市場価値を引き下げるように要求するという例外を除き、支出又は収入の残余は年度末に貸借対照表において収容される場所があるということによって達成されるという仮定が一般的に存在する。
研究開発費に対する支出、又は将来損失の発生を繰り延べるかどうかという問題に対して、回答文及び公聴会において一般的によく受け入れられていたが、費用収益の対応は、期間損益の歪みを防止するために必要とされるという主張として、そのような考え方は二つの関連する傾向へ導いていった。期間損益の歪みを防止すること及び費用収益の対応という主張は、1940年代及び1950年代において分離して発展し、その後、共通する主張を生んだ。
期間損益の歪みを防止すること及び貸借対照表の脚注
損益計算の目的が、企業の利益獲得能力を示すことであるばかりでなく、企業の業績及び経営の効率性を評価することであったため、期間損益は、長期又は正常な収益力を示すものであることが期待された。長期又は正常な収益力の測定として、期間損益計算の有用性は、非経常的又は異常な事象(期間損益において無関係であるが大きな変動を引き起こす、臨時的又は偶然の出来事によるため、企業の通常の活動で発生することのない利得又は損失)の影響により歪められることになる。
期間損益の歪みを防止することを重視する主張は、当期の企業の業績を比較する際における臨時的及び非経常的な利得や損失の影響を議論することによって作り上げられ、そして包括主義は、以前の文中で要約してある(27-28頁)が、それだけでなく、後に経常的な取引及び事象に関する会計に対しても適用されている。期間損益の正常性及び期間損益の歪みを防止することを重視する見解は、1940年代後半から1950年代にかけて広まりを見せたように思われる。期間損益の歪みを防止する必要性を、他の会計専門家よりも、より詳細に、かつより慎重な用語を用いて主張したハーマン・W・ビーバスは根本的な自己の思想を発表した。
仮に、企業が一般的な経済を観察するならば、経済自体も企業を観察することになるだろう。例えば、重要な一国の経済指標の一つは企業利益(及び配当)の金額である。特定の指標の変動は、私的部門及び政府の税収という双方の観点から重要な指標である。なぜならば、それは、一国の経済の動向に対して、精神的な影響も与えるからである。仮に、総企業利益の傾向における正常性と変動性において自由な選択ができるのであれば、状態のよい一国の経済において、正常性が選ばれるであろう。それ故に、社会は、企業の期間損益における任意の変動を防止する、どのような会計上の規律も歓迎するであろう。逆に言えば、会計上の操作による任意的な企業純利益の変動は批判にさらされるであろう。
企業純利益の任意の変動を防止する会計上の基本的な手段は、「企業の現金収入及び現金支出よりも、会計期間に生起した企業の活動を反映」し、「現金収入及び現金支出、その他の取引並びにその他の事象による収益及び費用を、その項目が発生した会計期間から、それらがより対応する会計期間又は数期間へ繰り延べようとする」発生主義に基づく会計である。しかし、発生主義による会計は、しばしば具体性に欠け、より詳細な指針が必要であった。ビーバスは、取引に関する指針及び費用収益対応に関する指針を初めとする、反復継続的な取引及び事象に関する4つの指針を主張した。
1)会計期間における取引及び事象に関する期間損益に与える影響を、それが他の会計期間又は数期間において記録する正当性がない限り記録すること。
2)費用収益の対応において、直接的な対応関係が存在すること。
ビーバスにとって、費用収益の対応を非常に広く捉えようとする傾向のあるこの時代の会計専門家とは著しく違って、対応原則の指針は、「収益に対し直接的な関係を求めようとする対応」を求めようとしたため、厳格な適用を求めた。商業に対する費用収益対応則の適用方法は明確であった。すなわち、例えば後入先出法のような原価配分の方法は少なくとも疑問が残るものの、「売上から生ずる収益とその費用を対応させるために、未販売の棚卸資産を繰り越すことは、2期間に渡る期間損益の決定において明らかに有用である」という主張に現れている。他に、費用収益対応則の適用方法として明確なものは、「販売手数料の支払義務と対応すべき売上高」に現れている。そして、その他には、「通常の企業活動は非常に複雑なため、収益は、場合によって長期間に渡る多様な共同作業の最終的な産物であって、そして特定の収益と企業活動による殆どの費用を結びつけるための個別的対応物に欠けている」と述べている。対応則が適用できる「ある種の比較的少数の項目」を強調するために、ビーバスは、明らかに対応則が適応できない状況を説明した。「研究開発費を期待されるが、不確実な将来収益に対応させるように、将来期待される収益に対して今期に発生した費用を対応させようとするならば、費用収益の対応は潜在的な危険性を伴うことがありうる。」
費用収益対応原則を狭く解した観点からは、ビーバスは本質的に、ジョージ・O・メイと一致する。メイは、企業収入に関する研究会においてオズワルド・W・クナウフと共同で著した報告書のなかで、「本質的に”費用収益対応”の手続による期間損益の決定の議論は、特に学会において一般的となってきた」が、「収益に対応する費用は一部分であり、費用収益の対応は、実際の企業の業績の指標として不適切であり、(1)費用収益対応の手続、及び(2)他の費用の期間的対応という期間損益決定のプロセスを記述した方がより適切である。」と警告している。
ビーバスも、費用収益対応則は「時によって費用の期間的対応と混同するとし、例えば、税、保険、又は賃借料は、先に支払ってもよく、その対応期間に渡って完全に期間配分される。しかし、この期間配分手続は、期間的対応に基づくものであり、これらの費用と特定の期間の売上との間に直接の対応関係を見出す為にはこじつけが必要となるであろう。」と特に言及している。この種の期間配分は、費用収益対応則に基づくことによるというよりも、組織的、合理的な手続に基づくものである。
3)二期間以上の期間損益に影響を与える金額を期間配分する合理性があるけれども、各期にどれだけの金額を配分するかについての明確な基礎がない場合、組織的かつ合理的な期間配分方法を採用しなさい。
組織的かつ合理的な費用配分の指針とは、本質的に期間損益計算を歪めないということと同じである。
4)組織的かつ合理的な費用配分の方法が幾つかある場合、そのうち期間損益の歪みを最小にする方法を選択しなさい。
「数期間における期間損益の歪みを最小にする、あるいは期間損益を歪めることを防止するような特別な費用配分の実務」の例として、社内留保準備金、大修繕のための船舶のドック入り費用の引当金、高炉改修のための引当金などが説明される。これらすべては、「合理的な期間に渡って費用を配分する合理的な実務」であった。
期間損益を歪めることを防ぐと記述される実務のうち、例えば負債とは認められない繰延収益のように、潜在的にその項目が財務諸表上どの項目に収容すべきが不明なものも含まれている。それらは、企業に発生した負債ではないが、期間損益の変動を小さくする項目であると認識されていた。
将来損失の発生に対する公聴において既に記述したように、社内留保のための引当金及び準備金を擁護するものは、引当金は負債であると主張する者さえいた。
彼らは、結果として生じた引当金は負債ではないという事実があるのにも関わらず、完全な費用収益の対応を保証し、期間損益計算の歪みを防止するために引当金が発生するのであると主張した。同様に、大修繕のための船舶のドック入り費用の引当金、高炉改修のための引当金の計上において基本的に考慮されたのは、期間損益に与える影響、すなわち「合理的な期間に渡って費用を配分すること」である。
企業は、船や高炉の使用に伴い、船舶のドック入り、高炉改修において費消されるであろう費用に備える目的で法的義務を負担するというわけではない。むしろ、ドック入りしてフジツボなどを落としたりオーバーホールをはじめた場合、又は高炉の火を落とし、修繕をはじめた場合に、一つ又は複数の他の主体に仕事を依頼する契約を結んだ後にはじめて企業は法的義務を負うのである。
船舶のドック入り、又は高炉改修のための費用は、フジツボ等が船につくと船の航行能力が減少し、又は高炉の使用により内部がすり減ることになることから、資産の評価減として正当に認識されるが、期間損益計算の歪みを防止するため費用を計上すると考える立場からは、通常このような主張の仕方をしない。
彼らは、殆ど期間損益に与える影響に注目しているため、負債の発生又は資産の減少となる費用をどの期間において認識するのかという「正確性」には余り関心がなかった。そして、この種の疑問点は、財務諸表上の「(どの項目に収容すればよいかという)単なる地理学」でしかないという立場から安易に片づける傾向があった。資産及び負債に対する関心の低さは、こういった費用収益の対応もしくは期間損益計算の歪みを防止することを重視する人々の明確な特徴であった。
ビーバスは、この種の期間損益計算の歪みを防止することを重視し、その結果として貸借対照表を軽視する傾向を熟考している。
貸借対照表上の資産及び負債の簿価は、適正な期間損益計算の副産物として計算される。その目的は、資産の清算価値を計算するのでもなく、公正価値を計算するものでもない。このアプローチは、継続企業における清算価値とは対照的に、基本的に期間損益計算に対する株主の関心に首尾一貫して沿っているものである。
実際、ビーバスは、貸借対照表を損益計算書の脚注として捉えるような、完全な期間損益計算、及び費用収益対応の信奉者達の最も空想的な(しかし適正だと考えられている)主張を次のように取りあげている。
貸借対照表上(付録にある代表的な100社の総合財務表)の項目の3分の2は、貨幣性資産に転換しないという意味で資産ではない。それらは、殆どが「費用の繰延」であり、殆どが将来の損益計算書に費用として含まれるべき、過去の現金支出である。これらの損益計算書を説明又は詳細にする脚注によって、貸借対照表は、最も巨大な脚注となり果てている。
同様に、ロンドン大学の経済学部教授であるウイリアム・バクスター教授は、辛辣な表現で次のように述べられている。
貸借対照表を見くびり、利益額を高く評価することに熱心な会計専門家達は、貸借対照表を単なる利益額の付属物であると簡単に片づける傾向にある。
ビーバスは費用収益の対応を狭く捉え、合理的かつ組織的な指針により期間損益計算の歪みを防止することを重視し、費用収益対応則を期間損益計算の上で限定的な役割しか果たさないとする立場をとったものの、恐らく彼の立場は少数派にすぎなかった。期間損益計算の歪みを防止する必要性を重視する殆どの会計専門家達は、期間損益計算の歪みを防止するため、収益の認識時点及び費用収益の完全な対応による費用の認識時点を慎重に考慮する立場をとった。
費用収益の完全な対応と「資産は費用となる」ということについて
ビーバスとメイの費用収益の対応を狭く捉える見解とは対照的に、大部分の会計専門家は費用収益の対応関係を広く捉え、これを(1)財務会計の二つの中心的機能のうちの一つ、もしくは(2)財務会計の中心的機能、と捉える見解のいずれかと一致するものであった。どちらにしても、彼らの主張する費用収益対応則は、ビーバスが明確に費用収益対応則から排除した減価償却等のように、合理的かつ組織的な手続による費用配分方法を含んでいる。
まず、費用収益対応則をより狭義に捉える立場の会計専門家は、期間損益の決定を二つの過程として捉えている。すなわち、収益の認識又は「実現」及び費用収益の対応(費用の認識)である。彼らの立場では、費用収益対応原則は、例えば売上高と売上原価のように、直接的な対応関係が認識できる場合のみならず、その期に発生したという間接的な対応関係しかない場合においても適用の余地がある。そして、この立場では、その期に支出として認識された費用と合理的かつ組織的な手続により同じ期に配分された減価償却及び他の費用があり、その一方で、収益は「実現」により同じ期に期間配分されるということが含まれていた。すなわち、(ビーバスとメイが定義したように)この立場の費用収益対応則は、特定の収益に売上原価を対応させること、及び期間に費用を対応させるといった、通常費用配分と呼ばれている手続も含まれている。
費用収益対応原則は、期間損益決定の基本的手続の一つである。すなわち、本質的に(1)特定の収益、又は(2)特定の会計期間と費用との対応関係を決定する手続である。
もう一方の会計専門家は、費用収益対応の原則とは、財務会計の基本的な機能であるとして、費用収益の対応を更に可能な限り拡大して解釈する(それは、期間損益の決定と同義語であると捉えてよいのであるが)立場をとっていた。すなわち、この立場は費用収益対応の原則は、収益の認識又は実現と費用の認識のいずれをも含んでいた。
費用収益対応の原則は、次のような定義の両方を含むものとして、損益計算書において何が含まれるかを規定するものである。
費用収益対応の原則
同一の会計期間における収益とこれに対応する費用を認識する原則。
研究開発費及び類似の費用及び将来損失の発生に関するFASBのプロジェクトまで、多くの会計専門家達の間で、財務会計の基本的職能であるとされてきた、費用収益対応の程度は、誇張ではなくデルマー・ヒルトンの1965年の以下の記述に示されている。
近年の損益計算書の地位の向上と同時に、「費用収益対応の原則」として知られる会計慣習に重点が移ってきたことをよく目撃するようになった。実際、近年の会計における発展は、本質的にこの費用収益対応をより忠実にするとして正当化されてきたものであった。多くの会計専門家の間では、このたった一つの会計慣行が他のものに勝る、もしくは言い換えると、ある手続おいて、費用収益対応の概念と一致すると主張することができれば、他に必要とされることはなく、問題は解決され、手続は正当化されることになった。
上述したことは、基本的に研究開発費及び類似の費用及び将来損失の発生に関して、公聴会及びコメント・レターにおいて審議会の委員が見聞きしたことと同じである。期間損益計算を歪めないために完全な費用収益対応を図る必要性は、多くの回答文及び未発表の会計基準書、公聴会に出席した者に対するかなりの数の回答、及び審議会の委員への質問の回答において他の全てに優先する事項として捉えられていた。しかし、研究開発費に対する支出がその結果として費用となるかどうか、社内留保のための引当金が負債となるかどうかについて、殆ど又は全く関心が払われていないようであった。
むしろ、これらの繰延費用及び繰延収益は、期間損益計算を歪めないために完全な費用収益対応を図る必要性があるからこそ、貸借対照表能力を有するとされた。そして、ペイトン・リトルトンがモノグラフにおいて記述したように、繰延費用又は偶発損失を除き、殆どの資産は以下のようであった。
資産は費用となる。すなわち「費用」とは会計における基本的なデータである。「費用」という言葉を使うことは、つまり、資産の取得、用役の受領、及び負債の発生と同じであると言うことができる。このような資産又は発生費用の定義の仕方によれば、これらは、将来収益に対応するという意味がより明確となり、それ故、支出又は費用は、現在の収益に対応することを意味するのである。
期間損益計算は費用収益対応の手続という意味だけでなく、会計上の一つの焦点となるものであるとするモノグラフの観点から、次の文章が書かれている。
営業過程において、「売上原価」又は「費用」として適正に取り扱える時点に未だ到達していない、生産に対して獲得された要素は、「資産」と呼ばれ、貸借対照表に資産として表示される。これらの「資産」は、実際、将来収益に対応させるために繰り延べられた費用又は支出である。
会計上の基本的な問題点は、期間損益計算の算定に当たって、現在及び将来に渡って発生する費用の期間配分である。貸借対照表は、未償却原価を繰り延べる手段として意義がある。そして、貸借対照表は、全会計期間における全体収益と現在の損益計算書を結ぶ連結環としての役割を担っている。
研究開発費及び類似の費用及び社内留保目的の引当金におけるFASBのプロジェクトが発足するかなり以前から、ペイトンは費用収益対応則は、多くの会計専門家の妄想であると認識していた。費用収益対応の原則は、財務会計の中心的意義として長きに渡って続いてきており、そして資産の意義及び重要性を失わせる原因ともなってきた。
長い間、ペイトン・リトルトンのモノグラフが著されなければ、もしくは25年前位に人気が衰えてくれていたらと考えていた。ペイトン・リトルトンのモノグラフによって助長されたボブ・スプローズの費用収益対応原則の「福音書」は、私をさらにがっかりさせるものであった。物理的な原材料の投入過程と営業活動過程において、フジツボのように張り付いていると考えられている発生費用概念の基本的な困難さは、それが自由競争市場における実際の評価の過程とかけ離れているということだ。消費者は、分類され、記録された費用の塊を購入するというわけではない。消費者は、普遍的な市場価格で財を購入するのである。そして、私は、市場価格は、計算された費用以上又はそれ以下かもしれないのである。そして、営業過程における中心的要素は、(現在所有している、又は将来所有する見込みである)資源であり、営業活動の主たる目的は、入手しうる資産の効果的な利用であるという考えを、長い間うるさく主張してきた。
モノグラフ出版後、ほんの数十年後に出版された彼の中級の教科書の題名は、資産会計であった。
費用収益対応原則、期間損益計算の歪みを防止すること、及び財務諸表のどの項目に収容したらよいのか分からない項目に関する経緯
前会長のドナルド・J・カークが述べたように、審議会の委員は、費用収益対応原則、期間損益計算の歪みを防止すること、資産は費用となる、及びこれらと類似の概念から、会計に関する知識をはじめて学んだ者達ばかりであった。ある者達は、審議会に入る前に、そのような概念に対して疑問を抱いていたが、初期のコメント・レター及び公聴会においてそれらの概念に帰することが、財務会計の最も重要度の高いことであるということが、審議会をだんだんと不愉快にさせることになった。それらの概念は門戸が開かれているように見えたが、完全な費用収益対応原則、期間損益計算の歪みを防止することに関する限界を説明できる者はいなかったし、又は完全な費用収益対応原則、期間損益計算の歪みを防止することが達成されたかどうかをどのように確かめるかを説明できる者もいなかった。このような経験から、審議会の委員は、費用収益対応原則の後に残った項目が事実、資産又は負債であるのかどうかということに対して殆ど又は全く配慮せずに、完全な費用収益対応原則、期間損益計算の歪みを防止することの必要性こそ「財務会計の全て、及び最終的な目的である」とする議論に非常に懐疑的になっていった。
審議会の委員達は、初期におけるこのような経験を通じて、かつて、ある会計専門家達が資産を基本的に費用として捉えるようになり、財務諸表及び勘定における帳簿に記載された数字と現実の世界の資産を区別することにしばしば失敗したことについていきいきと想定することができた。財務諸表のどの項目に収容したらよいのか分からない項目というのは、費用が事実、現実世界において何かを表現するかどうかということを考慮せずに、「費用」及び「資産」を融通無碍に用いた(もしくは、「資産は費用であり、費用は資産である。」という風に)慣習の結果として生じたものであった。
「ピグマリオン症候群」(彼の作った女性像に恋をした伝説的な彫刻家にちなんでつけられた)が作用していた。これを名付けたのは、著名な物理学者のJ・L・シンゲであり、「多くの人が現実世界の事象及び現象の概念モデルと実際の事象及び現象とを混同する傾向」を意味する。恐らく、最も一般的な例は、弁護士、会計士、取締役、株主等が、配当は「(稼得利益の)剰余金」から支払われると説明する慣習である。この慣習によって優秀な弁護士は小言をいうことになった。
分配は「剰余金」から決して支払われないが、資産の形で支払われる。すなわち、剰余金は分配することができないが、資産は分配することができる。クリスマスに剰余金の小包を受け取った者はいないのである。
費用収益対応原則に関する著述が、収益に対応した時点で「費消」する「未費消」原価に言及することが非常に多かったということによって、財務会計の著名な教授が会計専門家に対して定義が物事を混乱させていると警告することにもなった。
「費消した資本的支出」としての減価償却費は、言い換えると「費消原価」であり、それゆえ、価値の範疇にある用語から費用の範疇にある用語へと移行することを意味する。しかし、この定義は、明快な解答になるというよりも巧みにごまかすことと同じであった。そしてその定義には、うわべだけの特徴に気づくべきである、会計を題材とする著述家達のある種の流行を含んでいるという事実は、もっともらしいけれども都合の良い表現への固執を説明している。というのも、費用は「費消」しないのである。徐々に費消すると言えるかもしれないことは、老朽化に伴う資産の経済的重要性、端的に言えば、経済的有用性又は経済的価値の減少である。それゆえ「費消原価」というのは、意味不明の用語であり、価値に対する損失として減価償却を捉えていた過去の協会へ逆戻りするようなものであって、賢明な新しさとはほど遠いものであろう。
審議会の委員は、審議の日程の俎上に上りそうな問題に目を向けるようになったため、将来において財務諸表のどの項目に収容したらよいのか分からない項目となるものを検討し始めた。既に記述した社内留保のための引当金、及び船からフジツボを取り除くため、又は高炉の修繕のための準備金に加え、1970年代初頭において現行実務の一部を構成していた財務諸表のどの項目に収容したらよいのか分からない非常に多くの項目は、その後実務を構成するように提案された、又は既に提案されていたし、もしくは、近年になって禁止されるようになった。その例として、
・未だアモチゼーションされていない割引額
・繰延税金資産、及び繰延税金負債
・年金基金に対する受益証券上の未実現利得及び損失
・外貨換算調整勘定における未実現利得(APBが1971年暮に外貨換算調整勘定における未実現利得及び損失について提案する公開草案を公表したが、オピニオンとして公表する前に破棄された。)
・長期投資における未実現利得及び損失
・セールス・アンド・リースバック取引における未実現利得及び損失
・企業結合において取得した非流動資産についてゼロ評価後も存在する負の暖簾
このような財務諸表のどの項目に収容したらよいのか分からない項目の幾つかは、2、3年の間に主題の一部として取り扱われるようになったため、審議会の委員は、審議会がこの種の問題に対して必要となる道具なしで立ち向かうべきではないということを保証することが必須であると考えていた。彼らは、研究開発費及び類似の費用に対する支出及び偶発事象に関して経験したことを繰り返しはしないかという不安はなかった。むしろ、審議会の委員達は、健全な財務会計の基礎を与える幅広い概念フレームワークを取り入れようと思っているばかりではなく、必要とされるある種の概念を取り入れようとする固い決意があった。
カークは、後にこの時の彼自身の考えを記述したが、恐らく、他の審議会の委員達は彼の発言に同意したであろう。
審議会の最初の審議予定のプロジェクトは、研究開発費に関する会計及び偶発事象に関する会計であった。資産及び負債の実行可能な定義の必要性は、これらのプロジェクトで明らかになり、そして後にFASB概念ステートメントNO.3「企業の財務諸表の構成要素(1980)」として結実する、フレームワーク計画の重要な部分を作るための触媒としての役割を果たすことになった。
私自身にとって、財務諸表の構成要素に対する定義づけをすることは、発生主義会計を統制下に取り戻すために必要となる、失われた境界線を作るという意味があった。その定義づけによって期間損益計算の歪みを防止するという大義名分に杭を打ち込むことができると私は思う。しかし、外貨換算及び年金コストの測定の問題を扱っている経験から、現実的には、純利益の変動性を嫌う感情は非常に強いため、期間損益計算の歪みを防止しようとする思想は簡単にはなくならないであろうと考えている。
カークは純利益の変動性に言及したが、それは偶然のものではない。それは、FASBと審議委員との論争の主要な骨子であり、また将来も主要な骨子であり続けるであろう。経営者は以前から、そして今後も純利益の変動の大きさは市場における企業の株価及び資本コストに不利に影響するであろうと考えるであろう。この問題に対する審議会の主たる回答は、会計は中立的であるべきであり、仮に財務諸表が公正に企業の期間損益を表すならば、純利益の変動性の存在は投資家及び債権者に対して報告されるべきであるというものであった。例えば、前審議会委員のロバート・T・スプローズは、恐らく多くの審議会の委員の考えを代表して次のような事を述べている。
私は、実際の経済事象の結果として、利益の変動の大きさをできるだけ小さくすることは、会計基準の問題ではなく、経営政策及び経営戦略上、重要な問題であるべきだという考えに同意する。経済事象の変動が実際に発生した範囲において、財務諸表上にその結果が反映されるべきである。仮に、利益の変動の大きさが有価証券の市場価格に影響し、資本コストの大きさに関連するということが真実であるならば、実際にあるがままに、利益の変動性を、会計慣行によって隠蔽するというよりも明らかにすることが特に重要である。さもなければ、財務諸表は企業が実際に直面しているリスクに対するリターンを忠実に表現しないことになる。私にとって、提案した基準に対する最も効果のない議論は、その基準の実行によって、経営者又は投資家に異なった意思決定をしてしまうということである。貸し手及び投資家にとって信頼しうる財務情報の存在に対する最も重要な理由は、彼らの投資の選択に資することである。仮に、財務上の結果の安定性又は変動性が貸し手及び投資家にとって重要な考慮事項であるならば、さらに安定性又は変動制の程度は忠実に財務諸表上に反映されなければならない。
この種の問題は新しいものではない。例えば、ほぼ50年前、棚卸法の選択による利益に与える影響について、ペイトンがスプローズが書いたことと本質的に同じ点について指摘している。
(サンダース、ハットフィールド、及びムーア教授)は、明らかに賛意をもってアーサー・アンダーセンからの次の文章を引用した。「利益を平準化する慣行は、承認された会計基準に全く反するものである。」しかし、期間損益計算において、ある事業領域に内在する激しい変動を表示することを避けるための利益平準化の手段以外の何者でもないのであるが、「後から仕入れたものが先に払い出される」という名目で近年アメリカにおいて復活し、支持されているヨーロッパの慣習である基準棚卸法を彼らは故意に擁護している。実際には、我々はよい年もあれば、悪い年もあるように、豊作の年もあれば飢饉の年もある。このような煽動が対象とする、特に特定のものを抽出したり、転換点にある領域において、この条件に関して想像されることは何もない。純利益を決定するためには一会計期間が短すぎるという状況はあるかも知れないが(月や四半期もしばしばこれに当てはまる)、もしそれがこの例にあたるのであれば、その解決法は年次の財務諸表を勝手に変えることではなく、期間を延ばすことである。確かに、銅製品を扱う会社にとって、報告書を公表するのはよい会計ではない。というのは、例えば、ATTの利益獲得能力が比較的安定的であるということに関心が払われるように見えるからである。
幅広い概念フレームワーク計画を支持する事につながり、必要とされるその種の概念が必須であるという考えに至らせることになった、審議会の委員の経験を記した初期の記述は、研究開発費及び類似の費用に関する会計並びに将来損失を含む偶発事象に関する会計に対するプロジェクトにおいて、その議論の焦点が合うことにつながった。このようなプロジェクトは、審議会の委員にとって、今後の先行きを示すものとして、かなり重要な経験であったが、後のプロジェクトにおいても同じような経験をすることになった。利益の変動性に関する回答が示すように、審議会の委員及び審議会の委員の構成母体に対する経験の蓄積は、概念フレームワークが、意見の相違、論争の種であるとともに健全な財務会計の会計基準を設定する上で非常に重要な手助けになったという一連の過程であった。
概念フレームワーク計画の開始
会計上の最も基本的な概念を定義するステートメントを作成するということにおいて、会計専門家達の不活発で無能力な10年に渡る年月の末に、FASBは、審議会の委員の経験に動機づけられ、自ら先導者として、財務諸表の目的の次のステートメントとなる財務諸表の基本要素の定義、認識、測定、及び表示に関する基本概念のステートメントを進展させることに着手することを決定した。1973年、ただちに会計手続の基礎をなす理由づけ及び正当化される手続による基準の双方となることを意図した概念フレームワーク計画が開始された。
会計基準設定主体はとうとう、CAP及びAPBが着手するよう懇願したが、決して強い手がかりを掴めなかった、かれらの使命の一部であることに着手した。FASBは、会計において、ある特定時点の一時的総意によらない中心的な基本的概念を必ず持つべきであると結論づけた。会計はその発展過程において、基本原則の決定的なステートメントを必須であり、相応の立場におく段階に到達した。
FASBの概念フレームワーク
企業および財務関係者、それらは小冊子、概念フレームワークプロジェクトの範囲および含意(1976年12月2日)の序文を書いた、へのオープンレターにおいて、FASBの初代議長アームストロングは、概念フレームワークプロジェクトについてのFASBの希望を表明した。
概念フレームワークプロジェクトは、財務会計および報告基準を形成する際に、FASBが頼みとする最終的な公式見解を導くであろう。フレームワークは、1組の財務的事実に自動的に会計的な答えを提供するほど詳細にすることはできず、またすべきでもないが、財務諸表を作成する際の判断に通じる決定を行う。フレームワークは、財務諸表への公的な信頼を増し、会計処理方法の多様化を避けるための手助けとなる必要がある。
その抜粋は、概念フレームワークプロジェクトの重要な特徴を強調している。FASBのメンバーは、会計問題を分析する際のフレームワークを、専門家に提供する総体的な無力についての、会計手続委員会およびAPBへの直接的で広範囲な批判に気づいていたけれども、FASBの鼓舞は、以前のものとはまったく異なった。AICPAの研究計画特別委員会またはAPBの意見書、ウィートグループ、またはSECのようなグループによって基礎的な概念を確立することについて、指示または勧告への反応はなかった。
むしろ、FASBは会計に基礎的原理を提供するという自らに課した仕事に着手した、なぜならFASBのメンバーは、適切に基準設定の責任を解除するために、FASB以前から持ち越された問題を解決するためのガイダンスとして、1組の会計の基礎概念を必要とすることを結論付けた。
概念フレームワークが、会計基準を設定する際の進行中の作業を先導することによって、FASBに利益をもたらすという考えは、「財務会計諸概念に関するステートメント」の序文で、各概念ステートメントに具体化された。
FASB自体は本シリーズのステートメントによるガイダンスで、最も直接的な受益者であると思われる。FASBに選択のメリットを考慮する際の、共通の基礎および基本的な理由を提供することにより、会計および報告基準を設定する際に、FASBを先導する。
1組の同等に広まった概念が、健全かつ一貫した会計基準を設定する際に必要とされるという信念を持ち、1973年の終わりに、FASBは公式に従来の概念プロジェクト、「財務報告の広範な質的基準」の範囲を拡張し、名称を変更した。新しい名称−「会計および報告の概念フレームワーク:目的、質的特徴、および情報」−プロジェクトがはじめて「概念フレームワーク」という言葉を用いた。
FASBは最初に完全な概念フレームワークを考え出し、それをFASBのみで採用する試みは、非現実的であると考えた。既に予想された概念フレームワーク−財務報告の目的および財務諸表の構成要素の定義、の多くの基礎的な要素のいくつかについての最終的なステートメントへの緊急なニーズを経験していた。会計文献の資産および負債の重要な定義が存在しないことが、既に日程において、FASBの他のプロジェクトの作業を妨げていたのである。
プロジェクトは図1に示されるように、6つの主要な部分から成り立つと考えられた。その部分はピラミッドの上から下へ、そして各レベルで左から右へというような順序で、着手された。
図1の()内の数字は、6つの概念ステートメントは公表されたが、それらの数字が図の6つの区分で示される順序に対応していないことを表している、なぜなら、(a)有用な情報の質に関するステートメントは、財務諸表の構成要素に関するステートメントの前に終了しており、(b)非営利組織体はフレームワークの範囲内に含まれ、その結果概念ステートメント第4号は、非営利組織体のみに関するものとなり、概念ステートメント第6号は、概念ステートメント第2号を修正し、概念ステートメント第3号にとって変わるものであるが、非営利組織体にも適用可能であり、(c)ほとんどの概念的な作業は、実際には図1の下の2段階でのトピックスに関して完成しておらず、3つすべてのトピックスについては、単一の概念ステートメント第5号に含まれた。
図2は、6つの概念ステートメントのトピックおよび公表日を示し、図1との関連でどのようにそれらが適合するかを説明する。
概念フレームワークは、本書の残りの題目を構成するが、そこでは特に、フレームワークの根底にある考え方を検討し、本書の始めで議論された問題点の影響、FASBおよび他者が財務会計および報告実務、そしてある概念のより詳細な見解を改善する際に、利用したおよびされるであろう方法を強調する。議論は2つに分かれる、アメリカの財務会計および報告の根底にある概念の集合体としての主要な概念フレームワークと、相互に関連する5つの概念ステートメント、それぞれがフレームワークの4区分、財務報告の目的、会計情報の質的特徴、財務諸表の構成要素、そして財務諸表の認識・測定・表示、のうちの1つに焦点を当てているとみなす。
概念の集合としての枠組み
概念ステートメント全体は、多くの出所および他の影響、それらの多くは既に紹介または言及した、を反映し、以下を含む。
・ トゥルーブラッド研究会の報告書、財務報告の目的(1973年10月)、12の目的および7つの「報告の質的特徴」そして目的に関する2つと質的特徴に関する1つの概念ステートメントが直接影響し、他が間接的に影響することについての討議および分析を支持した
・
FASBのメンバーが承認された概念基準、それはFASBの概念フレームワークとそれが包含する概念において重要な要素である、がない中で、基準を設定しようとした経験
・ APBおよびARDの概念作業、主として基本的な公準および広範な会計原則に関するARSの1および3、そしてAPBステートメント4の基本的な概念部分
・ 文献で報告された他の概念作業、個人、AAAの概念および基準ステートメント、そしてカナダ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、その他の国での形成を含む
・
FASB自体の概念作業、重要性に関してのような概念ステートメントおよび関連プロジェクト、そして優れたコメントレターや多くの公聴会での意見交換のような「正規の手続」の成果に通じる本来の概念プロジェクトおよび討議資料と公開草案の形成に関する予備的な作業を含む
フレームワークの最も基礎的な概念のいくつかは、出所および影響に起因する。以下の3つの見出しの基礎的な概念の3つの例は、2つ以上の概念ステートメントの見解を組み合わせたものであり、それらの関連を説明する。
投資、与信、およびこれに類似の意思決定を行う際に有用な情報
財務会計および報告はそれ自体が最終目的ではなく、合理的な投資、与信、および類似の意思決定を行う際に、現在および潜在的な投資家、債権者、他の資源提供者、および企業外部の他の利用者に有用な情報を提供することを意図している。
FASBは一般に、経営者の所有者に対する受託責任についての情報、または経営者の事業ニーズに基づいた情報の変わりに、投資、与信、および類似の意思決定に有用な情報に、財務報告の目的を合わせた財務報告の目的に関するトゥルーブラッド研究会の報告書に従った。後で本書の概念ステートメント第1号についての記述が、FASBの目的へのトゥルーブラッド研究会の目的の影響を示す。
意思決定のための情報への集中は、財務諸表の目的に対する考え方の基礎的な変化を示す。トゥルーブラッド研究会の報告書の、APBステートメント第4号は、財務報告を、経営者の受託責任に関する報告という伝統的な会計目的よりも、意思決定を行う投資家および債権者のニーズと同一視する唯一のAICPAの公式見解であった。声高な少数派、時々今でも聞かれる、は、企業会計の主要な機能は、経営者のニーズに役立ち、基本目的がその目的反映すべきであることを主張する。そのような見解の提案者が、なぜAPBやFASBのような機関が内部および私的な利用を主とし、経営者がもっとも有用であると考え要求する様式の情報の目的を確立し、基準を設定すべきであると考えるのかは、決して明確ではない。意図されたメッセージは明らかに、APB、FASBまたは類似の機関ではなく、経営者が投資家、債権者、および他者に、財務諸表がどのような情報を提供すべきかを決定することを示している。
研究グループ、APBステートメント第4号にある程度影響されたかもしれない、は、投資家および債権者の意思決定における財務諸表の役割を強調し、財務諸表の目的を、投資または貸付に資源を利用することに関する現在または将来の投資家および債権者の意思決定と関連して考えた。研究グループの勧告は、FASBが概念フレームワークを確立する際の出発点となった。
現実の環境における事柄および事象の表示
財務諸表の項目は、現実の世界の物事および事象を表示し、表現の忠実性および会計情報の検証可能性そして基準設定および会計情報、両方の中立性に重点をおく。
会計プロセスおよび手続の代わりに、財務会計が行われる環境および存在または生じている経済的な物事、事象そして活動に、概念の基礎をおくというFASBの決定は、会計の基本的な公準に関するARS第1号および基本的な概念に関するAPBステートメント第4号の一節による影響を大いに受けた。ARS第1号の公準は、既に述べたように、会計の機能する環境についての自明の事項であった−実際に存在する世界であり、虚構ではない−会計に有用なものであった。
例えば、アメリカで生産された財およびサービスの多くが、生産者によって直接的には消費されず、現金または現金請求権と交換で売却されるということを考えれば、なぜ財務会計が財およびサービスの生産および分配と交換価格に関心を持ち、なぜ投資家、債権者、そして他の財務諸表利用者が、現金価格およびキャッシュフローに関心を持つのかが理解できる。
財務会計が財務諸表で表示される環境および物事と事象に焦点を当てることは、財務諸表の数値を算定するために利用される会計の慣習的な性質および慣習的な手続と配分を重視した以前とは、基本的に変化したことを意味する。したがって、概念ステートメントは、かなりのスペースを生産、分配、交換、貯蓄、および投資といった活動の記述に割いており、いわゆる「現実の世界」、「アメリカにおける経済的、法的、社会的、政治的、および物理的環境」、または「アメリカ経済」であり、財務諸表の経済的な物事および事象の表示に含まれるものである。概念ステートメント第1号は、財務諸表の構成要素の定義と関係する環境における物事および事象に焦点を当てたことによる重要な結果について言及している。
財務報告によって提供される情報は、個々の企業に関連したものである。企業は稀少資源の生産および分配者であり、財務報告は、経済資源の配分を、生産および分配活動と関連させ、富の創造、利用、およびそれへの権利と、富に関連したリスクの分散に焦点を当てている。
したがって、財務諸表の構成要素は、資産および負債、そして資産および負債を変化させる取引および他の事象の影響−富の変化および移転である。
資産(および負債)−財務諸表の基本的な構成要素
財務諸表の基本的な構成要素は、資産および負債である、なぜなら他のすべての構成要素はそれらに依存するからである。
持分は、資産から負債を控除したものである、
・所有者による投資、
・所有者への分配、および
・包括的利益とその構成要素−収益、費用、利得および損失 は、資産および負債におけるインフロー、アウトフローまたは他の増加および減少である。
負債は資産に依存する−負債は資産を支払うまたは引き渡す義務である−ので、資産が財務諸表の最も基本的な構成要素である。
開始後すぐに、FASBは資産および負債の定義を必要とし、会計文献に2種類の定義の例を見つけた。
1つ目の定義は、資産を経済的資源および富と考えるものであり、資産がそれを保有するまたは所有する企業に与えるサービスポテンシャル、または便益および経済的価値を強調する。同様に、負債を他企業に対して所有する金額または義務と考え、債務者または所有企業が請求を満たすために要求される資産の支払いまたは支出であることを強調する。それらは、多くの人々が資産および負債として認識できる物事を記述した定義であった、なぜなら、経済的資源を使用する権利および債務を支払う義務を伴う事業活動におけるのと同様に、日々の生活でも経験していたからである。
AAA、マウツおよびコーラーそれぞれによる資産および負債の3組の定義は、FASBが特徴を検討していた多数の定義の例である。
資産は、特定の会計実体内で、事業目的に貢献する経済的資源である、それらは期待される事業に利用可能または有益なサービスポテンシャルの集合体である。
債権者の利子または持分(負債)は、過去の活動または事象より生じた企業に対する請求権であり、通常企業の資源の支出で、要求を満たすことになる。
資産は、企業の将来の事業に利用されるあらゆるものであり、企業に便益をもたらす。資産は、貨幣または非貨幣、有形または無形、所有または非所有がある。
負債は、企業に対する請求権であり、現金、他の資産、またはサービスで、確定したまたは決定している将来の日に支払い可能である。
資産 所有者に対する経済的な価値を有する物体(有形)または権利(無形)の所有されたもの、項目または富の源泉
負債 ある人(債務者)が、他者(債権者)に対して所有する金額であり、貨幣、財またはサービスによって支払い可能である、資産または受けたサービスあるいは負担または発生した損失の結果である
FASBはまた、経済的資源および債務を含むが、最終的に定義されていないものも含む資産および負債の2つ目の種類の定義を見つけた−繰延税金、繰延損失および利得、そして自己保険の積立金のような−企業の経済的資源または債務ではない項目が、貸借対照表に資産または負債として含まれるのは、「本来の費用と収益の対応を達成するため」または「期間純利益をゆがめるのを避けるため」であった(本書47−66頁)。
2つ目の種類の定義の主要な例は、APBステートメント第4号、132段落であり、そこでは、明確に資産および負債のいわゆる定義を含んでいた。
資産−GAAPに従って認識および測定される企業の経済的資源。資産はまた、資源ではないが、GAAPに従って認識および測定される特定の繰延費用も含む。
負債−GAAPに従って認識および測定される企業の経済的債務。負債はまた、債務ではないが、GAAPに従って認識および測定される特定の繰延収益も含む。
しかしながら、それらの定義は、循環論であり、終わりのないものである、GAAPの決定要因およびそれが決定したものの両方、そして実際に審議会が資産および負債がどのようなものであるかについて述べたこともそうである。
研究開発費および発生した将来の損失に関する財務会計基準を設定するために、APBステートメント第4号の定義を利用するということを考えた際に、審議会のメンバーは、収益および費用の期間的な認識の結果より定義される資産および負債は、機能するにはあまりにも曖昧かつ主観的であることを知った(51−54および62−64頁)。その経験により、帳簿記入からのみ生じる繰延費用および収益を除いて、現実の世界に存在する資源および債務に基づいた資産および負債の定義の概念的および実際的な優越性が強まった。
APBステートメント第4号の定義が、審議会が研究開発費が資産として認められるかどうか、または自己保険のための引当金が負債として認められるかどうかを決定する際に、あまり役立たないことが証明された、なぜならそれらはほとんどあらゆる借方残高を資産として、あらゆる貸方残高を負債として認めているからである。それらは取って代わった定義より決してよいものではなく、いわゆる定義を含み、同様に循環論的で、終わりのないものであった。
「資産」という言葉は、財産と同義ではなく、それに限定されないが、特定日に帳簿を閉じ、その後に適切に繰り延べられ、GAAPに従って負担した原価または費用の一部分も含む。
従って、工場、売掛金、棚卸資産、および繰延費用は、貸借対照表の分類においては全て資産である。
最後の項目は、一般的な意味での資産ではないが、もし将来の利益に対して適切に課されるように繰り延べられるならば、会計的な意味において、特に貸借対照表の分類においては、それは資産である。
従って、「負債」という言葉は、債務または義務という一般的な意味での負債を構成する項目のみでなく、債務者と債権者の関係を含まないで会計処理される貸方残高も包含する広い意味で用いられる。例えば、資本ストック、繰延収益、および剰余金は、企業によって会計処理された均衡を示す貸借対照表上の負債である、これらは法的な債権者に対して所有される本来の意味の債務という点では、負債ではないけれども。
その種の定義は、費用と収益の対応およびその結果報告される純利益に、実質的に限界または制約を与えることは全くない。もし期首および期末の貸借対照表が、資産および負債に分類されるが、帳簿記入より生じ、「会計的な意味において」または「貸借対照表の分類において」のみ資産であり、「貸借対照表の負債」でのみある借方および貸方を含むならば、その期の損益計算書は、同様に問題となる利益の構成要素を含むであろう−すなわち、収益、費用、利得、または損失に分類され、貸借対照表でいわれるのと同様に帳簿記入により生じる借方および貸方である。それらはその期に生じた取引または他の事象から生じたのではなく、費用と収益を適切に対応させるため、または報告される期間利益のゆがみを避けるために、前または後の期から、収益、費用、利得、または損失を移動させたことにより生じた。
したがって、審議会が概念ステートメント第3号の財務諸表の構成要素を定義したとき(および同一の定義を概念ステートメント第6号で用いたとき)、本質的に資産および負債をAAA、マウツ、コーラーによる3組の定義と同様に定義づけた、資産が保有者に与える便益および支払いのために負債で拘束するまたは決済のために資産を使用する他者に対する債務を強調した。
資産とは、過去の取引または事象の結果として、ある特定の実体により取得または支配されている、発生の可能性の高い将来の経済的便益である。
負債とは、過去の取引または事象の結果として、特定の実体が、他の実体に対して、将来、資産を譲渡しまたは用役を提供しなければならない現在の債務から生じる、発生の可能性の高い将来の経済的便益の犠牲である。
採用された定義は、いわれたもの全てが除外されている。「将来の期の対応のために繰延が必要とされる」繰延費用および収益は、「資産が原価である」および「負債が収益である」以上に拘束されることのない定義を満たすことだけで、もはや資産および負債に含まれることはないのである(28−30,124−126,および128−130頁)。
資産を経済的資源および富と考え、負債を他企業に対する金額または義務と考える定義は、今世紀の初めから1970年代まで、会計文献において共通したものであったが、APBステートメント第4号の定義は、実際にはFASBが定義を形成したときの会計実務を反映したものであった。従って、その定義は主に費用と収益の対応プロセスとして、財務会計を強調することからの、基本的な変化を示している。
基本的な構成要素としての資産および負債のFASBの定義づけについての誤解および議論
先に述べた他の基本的な概念の両方−財務報告の目的が、投資、与信、および類似の意思決定に有用な情報を提供すること、および財務諸表の項目が、現実世界の環境における物事および事象を示すこと−もまた財務会計および報告の目的および性質の理解における重要な変化を構成する。それらは最初FASBの構成メンバー間に不安をもたらし、批判および反対を受けた。しなしながら、時間とともに、両概念は、かなり理解されるようになり、受け入れレベルも向上し、活発な反対意見も、おさまった。
対照的に、3番目の概念−資産および負債は財務諸表の基本的な構成要素である−依然全体の概念フレームワークの中で、間違いなく最も議論の余地があり、最も誤解され、ゆがめて伝えられる概念である。
利益についての2つの見解
財務諸表の構成要素の定義における資産および負債に関するFASBの主張により、概念フレームワークの形成においてそれが議論の焦点となった、なぜなら利益についての2つの広くかけ離れ、本質的に両立しない見解間の会計の思考および実務における緊張を強調したからである。
・利益は、富または経済的資源を支配する力の増加である。
・利益は、企業およびその経営者の業績指標である。
利益に関する意見の相違は、通常ある項目がある期に純利益として報告されるべきか、純利益から除外され持分で直接報告されるべきかという問題を含む。それはしばしば異常、特別、または臨時の出来事、および前期の修正の影響をどのように表示するかという問題として述べられ、包括主義および当期業績主義の損益計算書に関するSECおよび協会の会計手続委員会間の意見の不一致にその根底があり、27および28頁で述べたように、半世紀以上もの間会計基準の設定機関を悩ませた。
基準設定者、例えば、会計手続委員会、APB、およびFASBは、他のあらゆる項目以上に、特別および臨時の事象の影響の表示を扱うより多くの公式見解を公表した。
それはまた、150−155頁で述べられるように、包括利益および利益の間の相違に根底があり、異常、臨時、または特別な事象の伝統的な表示を拡張すべきかどうかの問題において、最近目立って現れている−それらを純利益から除外し、直接持分で報告する−企業および経営者の管理を大きく超えた、経常的であるがしばしば変動する保有利得および損失である。
利益が富の増加か業績指標かについての意見の相違は、同様に財務諸表の構成要素の定義およびそれらの測定に関するFASBの討議資料(1976年12月2日)の問題点に従った議論にその根底があるが、問題は財務諸表の表示以上に深いものであった。FASBの概念フレームワークにおいて、財務諸表の構成要素の定義は、財務諸表の認識、測定または表示以上に、基本的なものであり(68頁の図1)、討議資料は表示以上に定義を強調していた。
審議会は、利益に関する2つの見解を資産・負債アプローチ、および収益・費用アプローチと呼び、資産および負債の定義が支配的な定義であるべきか、あるいは収益と費用の定義に依存すべきかについて、財務諸表の構成要素を定義づける目的の差異について述べた。
資産・負債アプローチおよび収益・費用アプローチ間の選択に関する概念的な問題は、他の構成要素の定義を支配する、正確な定義を有する最も基本的な構成要素を選択することに関わる。(35頁)
以前審議会のメンバーであったOscar Gelleinは、いわゆる「概念的な第1位」である構成要素を識別することの1つとして、問題を記述し、第1位の概念がどれであるかという問題が、「概念フレームワークを形成するためのFASBの努力を広めた中心的な問題」であったことを述べた。その疑問は、討議資料の最初の問題であった。
資産・負債アプローチまたは収益・費用アプローチのどちらが、財務会計および報告の概念フレームワークの根底にある基準として採用されるべきか?
討議資料に従えば、資産・負債アプローチの支持者は、資産は企業の経済的資源として定義されるべきであり(交換、生産、貯蓄、および投資のような経済活動を実行する希少な手段)、負債は将来、他企業に資産を移転する債務として定義されるべきであり、利益およびその構成要素の定義は、資産および負債の定義に依存するべきであると考える。従って、資産の増加または負債の減少なしに、収益または利得が生じることは決してなく、資産の減少または負債の増加なしに、費用または損失が生じることは決してない。結果として、利益は企業の富の増加を反映し、損失は富の減少を反映する。
対照的に、収益・費用アプローチの支持者は、利益は企業および経営者の業績測定値であり、利益は適切な費用と収益の対応から生じ、多くの非貨幣性資産および負債は、対応のプロセスにより生み出されると考える。適切な費用と収益の対応は、ある期の努力(費用)と成果(収益)に関連したそれらの認識のタイミングも含む。従って、将来の期の費用または収益と考えられる過去の支出または収入の影響は、将来の経済的資源または他企業への資源の移転義務に関連しようとしまいと、資産または負債(繰延費用または繰延収益)として認識される。
資産・負債アプローチおよび資産と負債の概念的な優位性
概念ステートメント第3および6号は、両方とも資産・負債アプローチおよび収益・費用アプローチについて言及しておらず、どのようにまたなぜ審議会がそれらのうちの1つに決定したのかを説明していないが、定義自身は、確かに審議会が支持したアプローチを反映していた。討議資料に示されたステップに従って、まず資産および負債を「他の構成要素の定義を支配する正確な定義を有する最も基本的な構成要素」として認識し(35頁、本書の78頁に引用)、最も基本的な定義を利用した−資産および負債−他の全ての構成要素を定義する際に。持分は、資産から負債を控除したものである。所有者による投資およびそれへの分配、そして包括的な利益およびその構成要素−収益、費用、利得、および損失−は、インフロー、アウトフロー、または資産および負債における他の増加および減少である。(資産は実際財務諸表の最も基本的な構成要素である、なぜなら負債の定義は、資産の定義に依存するからである−負債は、資産を支払うまたは引き渡す債務である。)概念ステートメント第3号の財務諸表の構成要素の定義において、資産および負債が強調されたことにより、審議会が資産・負債アプローチを採用し、収益・費用アプローチを却下したことが明らかとなった。
資産および(やや程度の落ちる)負債は、概念的に優先され、他方、利益およびその構成要素−収益、費用、利得、および損失は優先されない。
あらゆる概念的な構造は、優位性を持つ概念の上に構築される。他に意味が付与される前に、ある構成要素に意味が付与されなければならないことをただ別の言い方で言っただけである。私は資産が優位性を持つと考える。資産、資源、便益の源泉、などの用語を用いることなく、利益を定義することはできなかった。つまり、最初に利益に定義を与えないで、資産に定義が与えられるのであり、逆は正しくない。それが、私が資産の概念的な優位性によって、意味するものである。誰も最初に資産の定義をすることなしに、利益の定義を行うことはできなかったのである。
審議会の初期の経験は、利益およびその構成要素の定義に依存した資産および負債の定義が機能しないことを確信させた。既に述べたように、その種の定義は、審議会が、研究開発費を資産として、自己保険のための引当金を負債として認めるかどうかを決定する際にあまり役に立たないことが証明された、なぜならほとんどの借方残高を資産として、ほとんどの貸方残高を負債として認めているからである。
加えて、審議会は収益および費用が、資産および負債を最初に定義することなしに、定義され得るかどうかを確かめようと試みた。討議資料の回答者に、完全にまたは部分的に経済的資源および債務(資産および負債)から独立し、概念フレームワークにおいて一般的に適用可能な、収益および費用の正確な定義の提出を検討のために求めた(13頁)。適切な対応および利益のゆがみのなさといったような主観的な手引きに頼ることなしに、誰も定義付けすることができないというのが、審議会が収益・費用アプローチを最終的に却下した重要な要因であった。
収益および費用の優位性に基づいた適切な対応を特定する試みは、今まで成功しなかった。収益および費用が、資産および負債から独立して定義され得るかどうかに関して、重大な問題が存在するのである。
従って、収益および費用は、優位性を有する概念の機能を果たすことができなかった、それは、他の概念を定義するために利用される概念である。それらはその体系が、終わりがなく、潜在的に循環的になることがないようにしている。それらは一貫した方向にまとまらせ、それを維持するのを検討するために利用される概念である−それらは頼みの綱なのである。
代わりに、審議会は、収益および費用の対応の過程の結果として、資産および負債を捉えるのは、実質的に全く役に立たないことを理解した。利益からほとんど何も除外しなかったが、それは資産および負債からほとんど何も除外しなかったからである。その定義は、主として慣習的であり、概念的ではなく、期間利益の測定を主に個人の判断および個人の意見であるというものであった。結果としての会計は、特に、「ある解決法が他より好ましいかどうかを判断する手段、および実質的に類似の状況における理解の拡大と会計処理方法の多様性を避けるために必要な制約」を示す概念的な支えが欠落していた。すなわち、審議会は、収益・費用アプローチは解決方法の1つであるよりも、問題の1つであると考えたのである。
対照的に、審議会による資産および負債の定義は、他の全ての構成要素が含められるように、制限された。審議会による資産・負債アプローチの選択は、資産および負債の範囲を、根底にある企業の経済的資源および債務に限定した。結果的に定義は、資産および負債に含まれるもののみでなく、利益に含まれるものについても、制限または制約を課す。利益およびその構成要素の定義を満たす唯一の項目は−収益、費用、利得、および損失−企業の富を増加または減少させるものである。
審議会は、財務諸表の構成要素の定義を、概念的および実務的な理由で、資産および負債の概念的な優位性に基づかせた。しかしながら、その決定により、審議会の多くのメンバーと争うことになった、なぜなら「概念的な優位性、およびそれに関するFASBの立場の含意は両方とも、まだ広く誤解されていたからである」。
収益・費用アプローチおよび実務における立場
収益・費用アプローチは、審議会が1970年代に詳細に検討したときまでの40年以上もの間、会計実務および多くの権威のある会計の公式見解の基準であり続けた。FASBは、研究開発費および発生している将来の損失に関する初期の計画において、実務および会計専門家の気持ちの中にその考え方が、はっきりと浸透していることを知った。「適切な費用および収益の対応」を強調し、「期間純利益のゆがみ」を避けることに懸念し、そして「そう呼ぶもの」を貸借対照表で表示することを進んで認めるのは、すべて利益についての収益・費用アプローチの特徴であり、これは名前こそ示さなかったが、本書の始めで広く述べられてきたことである。審議会が討議資料を公表したとき、収益・費用アプローチは、メンバーの多くが知っていた唯一のアプローチであった。
彼らの多くは、明らかに審議会の主要な関心は、機能する1組の定義の必要性ではないであろうと考えていた。おそらくその反応は予想されていた。資産および負債の定義は、収益・費用アプローチを根底とする思考においては重要ではなく、それは費やされた努力と結果としての成果を関連付けることによって、業績を測定することの必要性に焦点を当て、努力と成果の関連を示す手段として、適切な対応と期間純利益のゆがみがないことを強調する。その支持者は、資産および負債の定義を、基本的な概念として捉えるのは困難であると考えた。
おそらく、その問題はかなり感情的なものであり、審議会の説明を受け入れない人々の多くは、結論のために他の説明を探していたのである。審議会は資産および負債を、ある意味で間違いなく、優位なものとして定義付けていたが、審議会のメンバーの多くは、財務諸表の構成要素についての審議会の定義が、普通でない、おそらく作為的なものにさえ考えていた。
例えば、資産・負債アプローチについての一般的な批判は、FASBが以下のような意図を有しているためになされる
・ 損益計算書よりも、貸借対照表を重視することによって、純利益および損益計算書の重要性を低めた
・ 資産および負債を、現在価値または原価で評価することによる「新たな」会計が、完全な取引および費用と収益の対応に基づく会計に取って代わる。
討議資料に関して審議会が受けたコメントレターの多くは、主にErnst&Ernst(現在のアーンスト・ヤング)のパートナーであるマウツによって示された講義の成功を反映した非難を繰り返したものであり、彼は財務担当重役協会の65から70もの分会のメンバーに資産・負債アプローチを却下するように勧めた。
審議会およびスタッフメンバーは、財務諸表の構成要素の定義を、資産および負債の概念的な優位性に基づくことをFASBが決定するという議論は、道にそれるのではないかと懸念した。焦点が、定義から、財務諸表がより有用であることおよび測定基準がどちらのアプローチと調和するかに関して、資産・負債アプローチと収益・費用アプローチの間の過度に単純化されたが、本質的には無関係な区別に移った。
概念的な優位性は、情報が最も有用であるまたはそれがどのように測定されるかという問題とは、全く関係がない。それは単に定義の依存性の問題である。
討議資料は、定義を強調し続けようと努め、なぜ損益計算書および貸借対照表の相対的な有用性が、決して2つのアプローチ間の真の問題ではないのかを説明した。
資産・負債アプローチの支持者は、稼得利益計算書の情報が、財政状態表の情報より、投資家および債権者にとってより有用であるということに関しては、収益・費用アプローチの支持者と意見が一致する。つまり、両グループは、稼得利益の測定が財務会計および財務諸表の中心であると考えているのである。(45段落)
概念ステートメント第1号は、利益に関する情報が投資家、債権者、および他の利用者にとって最も有用な情報であるとはっきりと述べた。
財務報告の主要な中心は、稼得利益およびその構成要素の測定値を示すことによる、企業の業績についての情報である。企業の正味キャッシュインフローの期待を評価することに関心を持つ投資家、債権者、および他者は、特にその情報に関心がある。(43段落)
従って、資産・負債アプローチが損益計算書より、貸借対照表を重視することによって、純利益および損益計算書の重要性を低下させるということは、せいぜい資産および負債の概念的な優位性、および審議会によって利用された資産・負債アプローチについての誤解を反映しているに過ぎない。悪くても、利益に関して資産・負債アプローチを採用し、収益・費用アプローチを却下した審議会の理由をゆがめて伝えたぐらいである。
ある種の現在価値会計を望まない世界に課すために、審議会が資産・負債アプローチを選択するという考えは、同様な誤解および誤伝である。第5号、企業の財務諸表における認識および測定を除いては、どの概念ステートメントも、資産または負債がどのように測定されるべきかについて何も述べておらず、概念ステートメント第5号も、現在価値または原価で資産および負債の評価を行う考えに基づく「新たな」会計を含んでいない。どちらかといえば、「取得原価主義会計」を支持し、現在価値または原価に対しては、壁を設けている、例えば、取得原価を認識するよりも、現在価値または原価を認識する場合の方がより高いハードルを設けている。「現在価格に基づく情報は、それが当該情報に関連するコストを費やしても妥当と認められるほど十分に適合するものであり、かつ信頼できるものであり、しかも代替可能な情報よりも目的適合性が高いならば、認識されなければならない」
(段落90)。さらに、概念ステートメントの進行中の間に、概念ステートメント第5号および審議会のメンバーによる多くの講演・論文が、審議会のメンバーが、決して資産および負債を測定する際に、現在原価または価値およびいわゆる取得原価の相対的な長所および短所を同じように考えておらず、資産および負債のための特定の測定モデルを採用する「意図を有している」ように審議会が特徴付けられた。
その種の意図および審議会が実際に達成しようと努めたことについての説明に対する審議会のメンバーの継続的な拒否は、審議会を構成する多くのメンバーによって軽くあしらわれたので、その不運な結果は、概して審議会のメンバーの誠実性および高潔を中傷し、意見を分裂させること以外には、全く目的に役立たない偏見にとらわれた脱線であった。概念フレームワークには、ほとんどあるいは全く貢献しなかったが、多くの会計専門家の側での、概念フレームワークあるいはことによると通常の概念に対する根深い不信を示し、例えば、資産・負債アプローチを「評価アプローチ」と呼ぶことによって簡単に引き起こされるが、FASBが会計の世界をすっかり変えてしまうかもしれない不安を示したのである。
収益・費用アプローチは依然として、多くの会計専門家の心の中に深く根を下ろしており、会計問題に対して彼らが最初に行うことは、「適切な費用と収益の対応」について考えることである。時間は、彼らがまず資産または負債(あるいはその両方)に関する取引または他の事象の影響について考えるのに慣れるために、そして資産および負債が、収益、費用、利得または損失にどのように影響を与えるかについて考えるのに慣れるために必要とされる。多くの者はかろうじてその調整をなし得るが、かなりの者がそうする試みをまったく行わず、代わりに収益・費用アプローチに固執することになる。FASBの経験は、長年の伝統であるその場限りの会計原則は、柔軟性、特にある期の利益に含めるかどうかを決定する企業の能力を制限すること、に対する制約に反対する傾向を助長してきたことを示唆している。
それでも、実務における収益・費用アプローチの支持は、衰退する運命にある。収益・費用アプローチを反映する定義は、FASBのみでなく、他の基準設定機関によっても不安定でありながらも、重視され、望まれていたのである。
(オーストラリア、カナダ、イギリス、アメリカ、そして国際会計基準委員会における)基準設定機関の概念フレームワークは、貸借対照表の根本原理に基づいている。損益計算書志向のアプローチの支持者が、今まで認識プロセス自体よりも、根底にある事象と関連している厳密、一貫、および調和した構成要素の定義を作り出せなかったことを考えると、これは不可欠であると考えられる。
概念フレームワークまたはステートメントを採用したあるいは採用中であるアメリカ以外の国々でも、通常資産および負債の概念的な優位性を反映した財務諸表の構成要素の定義を形成している。従って、国際会計基準委員会と同様に、オーストラリア、カナダ、イギリスの基準設定者は、全て一般的にFASBと類似の定義を有している。
財務諸表の構成要素に関する討議資料、関連する公開草案、および概念ステートメント第3号についてのFASBの経験をよく知っている人にとっては、それらの国々のいくつかで最近起こったことは、「また始めから同じことをしている」といえる。1993年9月、イギリスで年1回のFinancial Timesの財務報告会議が開催され、例えば、
アーンスト・ヤングの上級専門パートナー、デイビッド・リンドセルは、ASBの概念的アプローチについての彼の事務所の批判を繰り返した(Accountancy、1993年10月、11頁)。ASBの原則に関するステートメントが、貸借対照表を「勘定の中心」とし、「財務報告を主として評価プロセスとして扱う」のに対し、アーンスト・ヤングは、主要な中心は、「稼得利益の測定であるべきであり、貸借対照表は残余計算書と考え、企業の利益を測定した後に生じるものであり、その逆ではない。」
本質的にアーンスト・ヤングは、ASBを損益計算書を犠牲にして、貸借対照表を中心と考えているために非難し、純粋な取得原価主義会計に帰るべきであることに賛成している。アーンスト・ヤングは、その批判を公開したので、それは多くの人々によって聴かれ、特に財務担当重役は、議論に共感を示した。
会計実務の国際的な調和化は、収益・費用アプローチを段階的に廃止する方向で続けられていくように思われる。
しかしながら、変更はかなり慎重になされているようであり、少なくともアメリカにおいては、収益・費用アプローチの特徴は、しばらくすれば、財務諸表の一部分、わずかな部分ではある、になるように思われる。審議会は「将来の変更が、過去の変更を特徴付けた徐々に、発展的な方法で生じるように意図される」と述べた(概念ステートメント第5号、2段落)。そして、自己保険の引当金および類似の項目は貸借対照表上から、あらかじめ除外されたが、審議会は他の項目については、過度に実務を混乱させることを避けるために、許容した。例えば、FASBステートメント第87号、年金に関する雇用者の会計(1985年12月)に先立つ公開草案への回答者によって示された、報告される純利益の変動性に関する懸念に明確に回答しており、概念ステートメント第3号の定義の下で、概念的に適切な会計を要求することは、過去の実務からの非常に大きな変更となるので、単一の段階で採用することはできないと結論づけた。従って、ステートメント第87号は、概念ステートメントおよび他で適用された会計原則と矛盾するにもかかわらず、「過去の年金会計の3つの基本的な側面を保持し続けたのである」(84段落)。3つのうちの1つ−年金または年金計画資産のために負債にすでに生じている利得または損失の認識を将来の期に持ち越すために、保険数理の利得および損失の認識を遅らせる−これはたとえそれらが審議会の定義の下での資産または負債としての資格を有していないとしても、多数の項目を勘定において認識することを必要とする。この種の方法の必要性に対する審議会の認識は、少なくとも貸借対照表における「そのような項目」および「適切な費用と収益の対応」と「期間純利益のゆがみを避ける」ことについての関連した議論が、徐々になくなってくることを意味している。
概念フレームワークの機能
FASBの各概念ステートメントの序文には、以下ような記述が載せられている(以下の記述は概念ステートメント第6号の抜粋である)。
概念フレームワークは、首尾一貫した会計基準を導き出すと考えられ、かつ財務会計および報告の本質、機能、および限界を規定する相互に関連する基本目的ならびに根本原理の整合的な体系である。概念フレームワークは、財務会計および報告の構造および方向を示すことによって、資本市場その他の市場が効率的に機能するように推進することをはじめとして、経済および社会における稀少資源の効率的配分を促進するのに役立つ公平な財務情報および関連する情報の提供を容易にし、もって一般大衆の利益を擁護すると思われる。
基本目的を確立し、根本的諸概念を明確にするからといって、そのことが財務会計および報告上の諸問題を直接に解決するものではない。むしろ、基本目的は諸問題を解決するための方向づけを与え、諸概念はそのための手段である。
FASBの概念フレームワークは、審議会が健全な財務会計基準を設定する際に役立ち、審議会のメンバーが、それらの基準を理解および適用するのみでなく、会計基準の形成に貢献するための主要な道具として考えられている。複雑な財務会計または報告の問題に、自動的に明確に論理的な答えを提供することが期待されているのではなく、それらの解決に役立つことが必要となるのである。
・ 議論の基礎となる共通の前提を与える。
・ 適切な専門用語を与える。
・適切な質問ができるようになる。
・ 判断および選択の領域を限定し、それと矛盾する潜在的な解決法を考慮外とする
・ 伝統的に主観的およびその場限りの推論のプロセスであったものに対して、知的な方法を課す
概念フレームワークの役割は、本書の始めにおいて、少なくとも間接的に記述した。最後の2つは、財務諸表の基本的な構成要素としての資産の優先的な定義におけるFASBの結論の要因として、引用された。以下の段落は、最初の3つについていくつかのポイントを加える。
概念フレームワークの重要な機能は、特定の会計問題について議論し、その解決法を開発し始めるための共通の前提を提供することである。初期において、会計原則を確立しようとする会計専門家の努力は、もし経験を参考とするならば、誰も出発点を確信することは、あらゆる人々の経験は異なるため、たとえある人が存在していたとしてもできない。FASBの前の機関は、共通の出発点として経験を利用しようと努めた、しかし同様の問題に直面したとき、異なる経験を有する人々は、あまりにもかけ離れた異なる解決法を提案し、財務会計は、同様の問題に対する多様な解決法で混乱した。収益・費用アプローチを支持する人々と資産・負債アプローチを支持する人々との間の意思伝達および理解の問題は、その顕著な例である。
対照的に、参考としての調和された概念のフレームワークは、状況を変化させる。FASBおよびそのメンバーは、共通の立場から始め、財務会計および報告においてしばしば生じる複雑かつ困難な問題に関して、意思の伝達及び理解可能性を高めることができるようになった。共通の前提は、意見の一致を保証するものではないが、もし問題について議論する人々が、実際には彼らは同じことについて議論しているのではないため、以前のようにするならば生じるであろう問題および無駄な時間をなくすことになる。また、いったん問題が解決すれば、合意を促進もする。例えば、FASBの前の会長ドナルド・J・カークは、「基準の必要性および基準における詳細さを減少するために、定義および概念を明確にするという期待をもちながら、それはFASBの前の機関が批判したいわゆる“場当たり的な”アプローチからの解放であった」が、概念フレームワークは、着手されたと述べた。
概念フレームワークの関連した目的は、正確な専門用語を与える。適切な専門用語は、共通の前提と同じ役割を果たす。「曖昧な専門用語は、曖昧な考えを招くことになる。専門用語の正確な適用は、議論の解決にはならないが、少なくとも明確な思考を可能にするものである。」FASBの概念フレームワークは、概念ステートメント第6号の財務諸表の構成要素の厳密な定義、および概念ステートメント第2号の会計情報の質的特徴を通じて、適切な専門用語のために、資することになった。
概念フレームワークは、的確な質問をするのに資する。事実、FASBはその点を強調してきた。例えば、財務諸表の構成要素の定義は、的確な質問のみでなく、その質問の順序も明らかにする。
資産とは何か?
負債とは何か?
資産または負債あるいはその価値は変化するのか?
増加あるいは減少とは何か?
どのくらい?
その変化は以下から生じる。
所有者による投資とは何か?
所有者への分配とは何か?
包括的な利益とは何か?
いわゆる包括的利益の源泉は何か。
収益とは何か?
費用とは何か?
利得とは何か?
損失とは何か?
降順に進んでしまうとうまく働かない。つまり、場当たり的に会計が長年にわたり試みてきたことであり、貸借対照表における資産及び負債が定義を満たさないことになる。
概念フレームワークは、会計問題に対し論理的な解決策を保証するものではない。結果的として、会計基準を設定するため概念フレームワークを利用する人々に左右されるのである。しかし、それは基準設定主体に対して有用な道具となるのである。
基準設定者の直観のみによって、他の解決法より基準により有用な解決法間の区別と、同時に一貫性を維持するためには、方向性を維持するには十分ではない。基準設定者の直観は、概念的な指針を必要としているのである。
財務諸表の目的は、財務報告の役割および財務諸表の構成要素の定義に基づいて形成されている。定義を作ることによって、秩序に必要な規律が得られる。FASBは構成母体と同様に、定義について議論する代わりに、所与の事象が、定義の条件を満たしているかどうかに関心がある。それは効率性に資するし、調和の機会を促進することになる。